第34話 過去1
改札を抜けてホームに向かう途中、喫煙コーナーの前を通った。最近は喫煙コーナーのない所の方が多いけど、この駅はあるんだ。
その横を通り過ぎようとして、ちょうど出てきた人とすれ違った。
タバコの香りがした。
同じ香り。
大学生の時に、付き合っていると思っていた社会人の彼と、同じタバコの香りだった。
今となっては、「彼」と呼んでいいのかどうかもわからない人……
その人は、バイトをしていたセルフのカフェに、モーニングをよく食べに来ていたお客さんだった――
その日はいつもにも増して店内が混雑していた。
外国人観光客らしき団体の対応に追われて、レジでは並んでいる人に待ってもらう時間がいつもより長くなった。
そんな時に限って、店内の電波が悪く、お客さんが使おうとした決済アプリが何度やってもエラーで認識されなかった。
「あのさ、こっち急いでんの! わかる? 早くしてくれないかな!」
「申し訳ありません。他の決済方法をお願いできませんでしょうか?」
「はぁ? ありえないんだけど?」
店長はずっと外国人観光客の対応で手が離せないでいた。
どうしたらいいのかわからなくて困っている時だった。
「それ、この子のせいじゃないでしょ」
クレームを言っているお客さんの後ろにいた人が見かねて声をかけてきてくれた。
「あんた、関係ないだろ?」
「関係ありますよ。あなたが終わらないと、オレの番が回ってこない。アプリ無理っぽいんだから、急いでるなら文句言ってないでさっさと現金かカード使って払ったら?」
「めんどくさっ」
文句を言いながらも、結局現金で支払いを済ませてくれた。
そのお客さんがいなくなってからお礼を言った。
「ありがとうございました」
「君じゃなかったら助けなかったから」
「あの?」
「前から声をかけるタイミングを探してたんだ」
それから、何度かお店で話すようになって、ご飯に誘われた。
会社の帰りや、休日に会うようになって、一緒に過ごす時間が増えていった。
タバコを吸う人だった。
わたしのバイト先に来ていたのも、喫煙室があるお店だったからだと後から聞いた。
「でも、そのおかげで佑香とこうして会えた」
菅原雄介という名前のその人は、女の子が喜びそうな言葉を簡単に口にした。
同級生とは違う。
お姫様のように優しくされて、ドキドキするような言葉をかけてもらって、すぐに夢中になった。
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