第24話 忘れなさい!

 上椙さんのことや、マキちゃんの言ったことを考えていたら、久しぶりに飲みたくなって、うろうろしていた。


「あ……嘘……」


無意識に声が出る。


気がつくとYUKIの前にいた。

お酒に酔って記憶のないまま、かっちゃんと連絡先を交換したお店……


店の前に突っ立ってると、ちょうどお店から出てきたユキちゃんと目があって、にっこりと笑いかけられた。


あの時と同じ。




「やだっ! 何それぇ!」


目の前でユキちゃんが涙を流しながら大笑いする。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。悩んでる時にしか現れないお店なのかもしれない、って本気で思ったんですよ? 前回迷惑をかけてしまったことを謝りたくて、お店を探してたのに見つけられなかったから」

「それ、何時頃探してたの?」

「5時とか6時とかそのあたりでしょうか」

「だったら、単純に店が開いてなかっただけよぉ」

「でも、入口すら見つけられなかったんですよ?」

「それは、店を開ける7時までは、隣の花屋がうちの店の前にでっかい看板置いて、花をいっぱい並べてるからよ」

「え……」

「見たことない?」

「……見たことあります」

「はい、これあげる」


ユキちゃんがくれたのは、お店の住所と電話番号の書かれたショップカードだった。


「ありがとうございます」


もらったショップカードをカバンに入れたところで、ユキちゃんが言った。


「で? 今度は何を悩んでるの?」

「さっきのは言葉のあやで、悩みなんかないです」

「ふうん」

「何飲もうかな……」

「たまに、『女』ってだけで、あぐらかいてる女っているじゃない? 大した努力もしないで、『彼氏ができない』とか『私なんてどうせ』って愚痴る女。こっちはそれらしく見せるために何百倍も努力してるっていうのに。でも、あなたの場合は、髪もメイクも服も、わざと努力してないでしょ? どうして?」

「そんなことはないです……」

「ワタシは全くの赤の他人で、あなたの人生にこれっぽっちも関わらない人間よ。話したところで何も変わらないと思うけど?」

「わたしの話なんてつまんないですよ」

「それはワタシが決めること。大抵の修羅場だったら聞き飽きてるから」

「……くだらない話です」

「本当はそう思ってないんでしょ? 話してみなさいよ。それで、話したこと後悔したら、また前みたいに記憶がなくなるまで酔い潰してあげるから」


ユキちゃんがわたしの前にウィスキーのロックだと思われるグラス置いた。


「過去に、大切な人をひどく傷つけてしまって……わたしは――」

「幸せになんかなっちゃいけないとか思ってるんじゃないでしょうね?」

「え?」

「それで自分を大切にするのやめちゃったの? 勿体無い!」



あの時のことは、天気も、周りの景色も、服装も、言われた言葉も、思ったことも、何もかも忘れたことがない。忘れようとしたこともない。

絶対に忘れてはいけないことだと言い聞かせている。



「かわいいと思う服も、いいなって思う髪型も、全部、わたしが望んじゃいけないことなんです」

「どうせ男でしょ? 友達の彼氏とっちゃったとかで、その友達と揉めたんでしょ? で、その男とも結局うまくいかなかった。とったものはとられるし、一度浮気した男はまた浮気する。自然の摂理よ! そういう男はまたやるわ!」

「でも、わたしのせいで……」

「いつまで過去のことクヨクヨ悩んでるつもり? おばあちゃんになるまで? もういいから! 忘れなさい! それで幸せを掴み取るのよ! そんな男クソ喰らえだわ! 全部悪いのは男よ!」

「ユキちゃん?」


ユキちゃんは、話を聞くと言いながら、勝手に作ったストーリーの中の男に怒っていた。何か恨みでもあるんじゃないかと思うくらい、ずっと悪態を吐き続けた。

でも、それを聞いていると、なんだかどんどん心が軽くなっていった。

だからその日飲むお酒は、いつもより美味しくて、本当に何もかも上手くいくような気分になって、ユキちゃんの話を涙を流しながら笑って聞いた。

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