第18話 瞬間

誘いを断ろうと思い、後を追った。


でも、フロアに戻って、PCを前に真剣な表情でキーを打っている上椙さんを見て、話しかけられなくなった。話しかけたりして、仕事を中断させるわけにはいかない。


それから、何度か上椙さんの方を見たけれど、そのたびに誰かと打ち合わせをしているか、モニターから目を離すことなくキーを打っているところだった。

それでもまだ、就業時間が終わるまでは時間があると思い、チャンスを待った。


ようやく、上椙さんが席を立ったので、今だと思い自分も席を立つと、偶然なのか、上椙さんがこちらを向いた。


目が合った、と思った瞬間、上椙さんが微笑んだ。


ほんの一瞬時間が止まったような錯覚。


そのせいで、追いかけるのが少し遅れた。


早く追いかけないとどこかに行ってしまう。

フロアを出た上椙さんを追った。


でも、廊下に出た時には、エレベーターから降りて来た大西くんと上椙さんが、一言二言何かを話して、入れ替わりでエレベーターに乗ったところだった。


「館山さん、どうしたんですか?」

「上椙さん、どこに行ったの?」

「あー……何か用だったなら、今日はあきらめた方がいいですよ。開発に呼ばれた、って言ってたから」

「そうなの?」

「はい。何か手伝いを頼まれたらしいです。代わりにオレで何かできることありますか?」

「ありがとう、でも大丈夫」

「そうですかぁ」



大西くんの言った通り、就業時間が過ぎても、上椙さんは戻って来なかった。


自分の個人的なメールにフラグが立ってしまったら、自分からそれを上司に報告する羽目になる。それは嫌だから会社のアドレスに断りのメールを送りたくない。

上椙さんの個人的な連絡先を知らない。

上椙さんもわたしの個人的な連絡先を知らないはず。

だったら、『後で店のURL教えます』って言われたけれど、どうやってわたしに知らせるつもりだったんだろう?

急遽、開発部に呼ばれたから教え損ねた?

もしそうなら、それを理由に知らんぷりして帰ればいい。

PCの電源を落として、モニターの電源も消した。

それからいつものようにキーボードをモニターの側まで動かそうとして、人差し指に何かがふれた。

キーボードの裏面を見ると、小さな紙がテープで貼ってある。

紙には、URLとその横に、丸の中に「上」の文字が書かれている。


もしかして……


その紙をはがして、ポケットに入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る