第17話 誘い

マキちゃんと外にお昼を食べに出かけた後、早めに別れたので、会社の休憩室にひとりでいると、コーヒーのカップが目の前に置かれた。

上椙さんだった。


「コーヒー。ちゃんとミルク多めに入れてあります」

「あ、ありがとうございます」

「それだけミルクを入れると、もうコーヒーと呼んでいいのかわかりませんが」

「そうかもしれませんね」


上椙さんはテーブルを挟んだ向かいの椅子の、背もたれの方を自分の前にして座ると、手に持っていた自分のカップを口にした。


「何かありましたか?」

「どうしてですか?」

「なんとなく。最近ぼんやりしているのをよく目にするから」


最近、またあの夢をよく見るようになった。ぼんやりして見えるのは、そのせいで寝不足が続いているせいかもしれない。

誰にも気づかれていないと思っていたのに。


「飲みにでも行きませんか? 愚痴聞きますよ?」

「ありがとうございます。でもやめておきます」

「駅西にビールの種類が多いところ見つけたんです。仕事が終わったら、先に行っててください」

「あの、上椙さん?」


その時、大西くんが休憩室に顔を覗かせた。


「上椙さん、人事のPC設定するバッチが必要になったから急いで作って欲しいそうです」

「すぐ戻ります」


上椙さんは、返事をすると、イスを元に戻した。


「後で店のURL教えます」

「わたし行くって言ってない――」


最後まで言い終わる前に、姿が見えなくなった。



上椙さんが入社して、しばらくたった頃にあった会社の飲み会で、彼は「彼女がいる」「彼女のことしか考えられない」と宣言した。それ以来、密かに彼のフアンだった女子社員達は、誰も言い寄ったりしなくなった。

だから、上椙さんに付き合っている人がいることは、周知の事実となっている。



上椙さんは「彼女のいる人」。

「結婚している人」の次に近づいてはいけない人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る