第9話 一斉メール

 数時間前までいた会社に朝になってまた出社することは、これまでも何回かあったけれど、やっぱり変な感じ。

家に帰って、少し寝ただけで出直したので、朝から眠い。

周りの人も、昨日残っていた人はみんな疲れているようだった。朝からあくびをしていたり、ドリンク剤をデスクに置いている人もいた。


「昨日何かあったんですか? 疲れてる人多い気がするんですけど?」


隣の席の大西くんが不思議そうに聞いて来た。

大西くんは今年の春から入った新入社員で、茶髪だし外見だけで判断するとチャラそうに見える。でも仕事は真面目でかなりできるからそのギャップがすごい。


「昨日、トラブルがあって、その対応に夜中までかかったから」

「オレ休んでてなんか申し訳ないです」

「運が良かったって思うだけでいいよ」


昨日のおおまかな説明と、問い合わせがあった時の対処方法を説明する間、大西くんはタブレットでメモをとっていた。



昨日が嘘みたいに電話もかかってこなかったので、朝来る前に買っておいたミルク多めのコーヒーを飲みながら、通常業務を始めた。


自分に来たメール以外に、不審なメールのやり取りがなかったかをチェックする。チェックといっても、全て中身を見ているわけではなく、特定のキーワードが入ったものが拾い上げられるようになっているので、それが問題ないかを見るだけ。


会社に入る時、この点についてしつこいくらい説明され、会社の所有するものを使用してのやり取りは、全て会社に権利があることに同意書を提出させられた。その代わりなのか、同じくらいの規模の会社と比べて、この会社の給与体系はかなりいい。


会社の役職付けの人に一斉送信されたメールにフラグが立った。

一社員が役職者全員に対してメールを一斉送信することなどありえないからかもしれない。

タイトルもないメール。添付ファイルにウィルスも見つからなかったので、普通に開いてみた。


『営業一課の細野和明は、妻帯者でありながらそれを隠して不倫していました』


添付してあった画像は、細野和明と思われる男性がホテルで眠っている写真。側に撮影者と思われる女性が切れて映っている。


送信日は昨日の17時28分。

どうやら就業時間が終わる寸前に送られたメールのようだった。

それが今朝になって送られてきたのは、きっと昨日のトラブルでネットワークが遮断されていたせい。


送信元のメアドを見て驚いた。メールを送ったのは細野和明本人だったから。送ったPCも細野和明のものだった。


課長に報告を、と思ったけれど、宛先には課長も含まれている。

課長を見ていると目があった。課長が無言で首を振った。わざわざ報告するまでもないということらしい。

課長はそのまま席を立ってフロアを出て行った。

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