第7話 時間切れ

明日、出社した人からやってもらうエラー別の手順書をダウンロードできるようにして、ようやく全てが終わった。


時計を見ると夜中の1時をとうに過ぎている。周りを見渡すと、残っているのは男性社員だけだった。

帰るのをあきらめて泊まりを決め込んだ人達を残して、フロアを後にすると、廊下でエレベーターが来るのを待った。

思いの外早く到着したエレベーターに乗り込み、1Fのボタンを押したそのタイミングで、上椙さんが乗り込んできた。


「館山さんもお疲れ様でした」

「お疲れ様です」

「タクシーつかまるまでご一緒します」

「大丈夫ですよ。上椙さんもお疲れでしょ? 少しでも早く帰って休んでください」

「こんな遅くにひとりは危ないから。それくらいはさせてください」


2人きりになってしまったから、昨日偶然会ったことを何か言われるかと思った。でも、上椙さんはそのことには一切ふれなかった。


「館山さんって、どうしていつも僕に敬語なんですか? 館山さんの方が先輩なのに」

「上椙さんの方が年上だからです」


上椙さんは中途採用だから、会社では後輩になるものの、年齢的にはわたしの3歳上になる。


「他の方はみなさん僕に敬語使ってませんよ?」

「わたしは……気になってしまって」

「そうですか」


そんな話をした後、エレベーターの中で無言の状態が続き、妙に緊張してしまう。「何か話さなきゃ」と思うと返って何も話すことが思いつかない。

ちらりと上椙さんの方を見ると、気にしているふうでもなく落ち着いていた。


1Fに着いて、「開」のボタンを押した上椙さんが、わたしに先に降りるよう促した。

お礼を言おうと振り向いたら、上椙さんが笑顔を見せた。


「会社を出たらお互い敬語をやめるというのはどうでしょう?」


その提案に困惑して立ち止まっているうちに、上椙さんはさっさとわたしを通り越して会社のエントランスに向かって行った。

それを慌てて追いかける。


ビルを出たところで、上椙さんが振り向いた。


「無言は肯定の証ということで、遠慮なく」

「ちょっと、待ってください」

「もう時間切れ。反論は聞かない」


まるで小学生の男の子が、クラスの女の子をからかうような口調だった。

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