第6話 トラブル

トラブルというのはなぜか、帰る間際に起こるもの。



17時を少し過ぎた頃だった。もうすぐ就業時間が終わる、という時間になってかかってきた「ネットがつながらない」という一本の電話を皮切りに、立て続けに同じ内容の電話がかかってきた。

「ネットがつながらない」は、情報システム部にかかってくる電話の中で、最も多い問い合わせ。でも、大概はケーブルが抜けていたり、再起動で治ったりする。

けれども今回は違っていた。

あちこちの部署から同じ電話が入り始め、にわかにフロアが殺気だっていった。



「外部サイトにはつながる?」

「社内ネットワークの問題?」

「今日やった管理システムのアップデート関係ある?」

「全部のPCってわけじゃないみたい」

「状況切り分けよう」



問題のないPCと問題が起きているPCとの違いを探し、アップデートしたプログラムのチェック、社内からの鳴り続ける電話の対応などで、部署の全員が帰れなくなってしまった。


7時を過ぎても復旧のめどがたたないことで、他の部署はあきらめて帰ったのか、電話での問い合わせが極端になくなった。そのタイミングで帰れる人達は帰っていいと言われた。


「館山さんも帰ってください」


上椙さんがわたしにも声をかけてくれたけれど、そうなると事務作業をする人がいなくなる。まだ残っている部署からの電話対応を、プログラムの改修をする人が受けなくてはいけなくなる。


「何かお手伝いできることがあると思いますので残ります」

「電車、なくなりますよ?」


長丁場になることを覚悟している口ぶりだった。


「その時は、家が近いのでタクシーを使います」


プログラムのバグを探したり、修正いしたりはできないけれど、検証くらいなら役にたつ。

それに、今日仕事をあきらめて帰った人たちが、朝一番に仕事を始められるように、エラーの対処方法をマニュアル化しておく必要もある。事務作業の傍ら、作業をしている人にコーヒーを入れたり、夜食を買いに行ったりといった雑用もできる。




「OSのアップデートとシステムのバグにウィルスソフトのアップデートによる変更が絡んでたとか勘弁してほしいです……特定のアップデートだけしてないPCがあるとか、なんなんでしょう……」


今回の状況について報告書を作成していたわたしのところに、上椙さんがコンビニのサンドイッチを食べながら、ちょっとした愚痴を言いに来た。

原因の目処がついた頃には夜の10時を過ぎていたけれど、これからその対応を始めるのだから、まだまだ帰れない。


「今日中に原因が分かっただけでも良かったです。修正ってすぐにできそうなんですか?」

「どうでしょう」

「コーヒーならいくらでも淹れますから言ってください。お夜食も足らなかったらまた買ってきますから」

「じゃあ、コーヒーをお願いしてもいいですか? 頑張ってきます」



熱いコーヒーを淹れて上椙さんの席に持って行くと、彼はモニターに映し出された画面を見ながら、驚くほどのスピードでキーを打っていた。その速さは他の人とは比べ物にならない。

そんな人が、開発部ではなくて、どうして社内システム部にいるのかわからない。


邪魔にならないように、そっと左の奥にコーヒーのカップを置いた。

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