第3話 待ち合わせ

自分が、アカウント名しか知らないような人と会うことになるとは思ってもみなかった。


出会い系サイトの人と会うってこんな感じ?

まだ出会い系サイトの方がプロフィールがわかっている分だけマシかもしれない。でも、プロフィールに書かれていることが事実とは限らないから、アカウント名しか知らないことと同じなのかな……


ごちゃごちゃと考えながら、約束の時間の15分前に、メッセージで指定された天王駅前の噴水の前に着いた。


自分には「かっちゃん」がどんな顔をしているのかわからない。

だから、向こうから見つけてもらうしかない。



ちょうど4時になって、茶髪の、ちょっとチャラそうな男が近づいてきた。


この男が「かっちゃん」?

いくら酔っていたとはいえ、こんなやつとIDを交換するとか、ありえない……


「誰か待ってるの?」


これは……ナンパ風を装った冗談ってやつ?


「かっちゃん?」

「ん? あんたも出会い探してる系だった?」


違う?


「オレも出会い探しちゃってたんだわ。ちょうど良かった! これから一緒に――」


違う。この人じゃない。


「人を待ってるので」

「それって、もうオレで良くない? 行こうぜ」


その時、見覚えのある人が、わたしと茶髪の男との間に割って入った。


「彼女、嫌がってるように見えるけど?」

「あんた誰? オレ、この人と話してるんだけど?」

「悪いけど、彼女の待ち合わせ相手は僕だから」

「はぁ?」

「そうだよね?」

「……はい。上椙さん」

「なんだ。紛らわしいことすんなよ」


茶髪の男は悪態をつくと、ぷいっと行ってしまった。

男の後ろ姿が視界から消えると、上椙さんがこちらを向いた。

それで、慌ててお礼を言った。


「ありがとうございました」


まさか休日のこんな所で、同じ会社の人に会うとは思ってもみなかった……



上椙さんは、中途採用で入社してきて、もうすぐ1年になる人だった。

早くて正確な仕事ぶりは周りからの評価も高く、かなり優秀な人だと聞いている。それに、爽やか系で社交的だから、女性社員にも人気がある。



上椙さんは、わたしが何か言うのを待っているのか、黙ったまま動こうとしない。

このままでは「かっちゃん」が来てしまう。実はもう来ていて、どこか離れたところから見ているかもしれない。


「用があるので失礼します。助けていただいてありがとうございました」

「館山さん――」


上椙さんが何か言いかけたのを無視して、運良く青信号になった目の前の横断歩道を走って渡った。


さっきまであの場に突っ立っていたのに「用がある」とか、自分で言っておいておかしいのはわかっている。

そもそも休日に何をしていようと自由なんだから、逃げる必要もない。

でも、どんな人かもわからない人と会うところを、同じ会社の人には見られたくなかった。

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