第177話 文盲対策

 

 とりあえず完成したものを見て、俺はじっくりと観察していく。

 すると件の船乗りは、「俺はたまたま字が読めたが、奴隷上りは字が読めないがどうしますか」だって。

 どうするって、字で説明してあるものを前に奴隷上りでは思うような使い方ができるのですかって聞かれたようなものだ。


 ……駄目じゃないか。

 そうだよな、この世界はいわゆる俺の知るところの中世世界と考えればいいようだが、俺の元居た世界の中世と同じように識字率が壊滅的な世界だった。

 せめて江戸時代の日本くらいあればと思ったのだが、あれって、令和の時代でも下手をすると世界の平均よりも上かもしれない。

 なまじ日本で育ったために気が付かなかったが、字が読めるだけでいわゆるステータスというか、それだけでも生きていくうえでのアドバンテージな世界だ。


 うん、わかったよ。

 これからここで教える船乗りたちには読み書き計算は必須だな。

 俺は自分が『この世界のエンリケ航海王子になってやる』って宣言したくなってきた。


 くだんの船乗りにお礼を言ってから、先の質問に答えて「ここで教える連中には読み書きも教えるから、大丈夫だ」とだけ答え。

 この黒板に書かれた絵を紙に移してもらう作業を頼んだ。

 次にメイドを一人捕まえて彼女に読み書きについて聞いたら、俺の店で働く者たちは全員ができると教えてもらえた。

 ナーシャやダーナにも、手隙な者が教えていたらしく大丈夫だとのこと。

 あ、新たに奴隷として雇った人は別らしい。


かいより始めよ』の例えじゃないがうちの連中から読み書きを教えることにした。

 まず、バトラーさんに領主屋敷に勤める人全員を集めてもらい読み書きについて聞いてみた。

 さすがに領主屋敷に勤めていただけあって、屋敷の中で働く者たちの半数はできるという。

 そう、屋敷内部でも半数だ。

 こまごました雑用係などは全滅だとか。

 屋敷回りのいわゆる庭師などもほぼだめで、かろうじて自分の名前を書けるくらいだとか。

 俺はバトラーさんに全員をいくつかの組に分けてもらい、読み書きできるものができない者たちを教えるように指示を出す。

 ついでに、俺についてきているメイドたちにも俺が預かっている子供たちに字を教えるように仕事を割り振る。


 教材は俺が作るしかないか。

 となると紙が大量に必要になりそうだ。


 とにかく船乗り養成の学校事業は始まっているので、見切りとなるが教育を始めていく。

 先にも検討したことだが、教えていかなければならないことを明確にしていく必要はあるが、初めは船長にそのまま教育を頼んでみた。


 で、俺はと言うと、文盲対策に取り掛かることにした。

 まずは浜辺に行って、チョークを作っている子供たちを集める。

 集めた子供たちを前に、自分たちの作っている白墨を使い、文字を教えることした。


 本当は教室にどこか部屋を宛がい座らせて教える方が効率的なのだろうが、ここはひとつ実験を兼ねてだ。

 自分たちの仕事がどういう効果を発揮するかを子供たち自身が自分で感じられることだし、何より畏まらないことで勉強に対するハードルを下げる意味もある。


 俺はメイドを一人白墨作りの現場に宛がうつもりだったが、そのまま彼女に遊び?ながら文字を教えるよう指示を出した。

 あとは様子を見て、学校を開いていくつもりだ。


 今は、すでに資本提供も受けている船乗り養成に力を入れる。

 しかし、船乗り養成のための学校を作ろうとしたら、本当に無いない尽くしだ。

 一からすべてを用意していくような感じで、考えたら途方にくれそうになるが、とにかくできるところから始めていくことにした。


 まずは、船長を呼んで、養成する奴隷たちを紹介した。

 俺の奴隷で、あの体力つくりのための展帆の上手だったものから10名ほど選出してある。

 彼らに船長を紹介後に、あの船乗りに書いてもらった船の図を使って名称を説明させた。

 絵をかいてくれた船乗りが担当してくれたのだが、それを見ていた船長が目を丸くしていた。


「え?

 ここから始めるのか」

 だって。

 そりゃそうだ。

 あいつらはっきり言って陸者たちだ。

 ここに来る時に展帆を手伝わせていたが、動いている船上では初めてだったかもしれない。

「船長。

 あいつら船に乗ったことが無いんだ。

 でも、展帆ばかりさせていたら周りの奴隷商が寄ってたかって圧をかけてきたので、始めた事業だ。

 なりは大人でも孫にでも教えるつもりでいてくれ」

「あ、ああ。

 そうだな。

 誰にでも初めてはあることだしな。

 確かに、そうだな。

 孫に教えるつもりで始めるよ」

「そのうち、俺も色々と準備するから楽にはなるかとは思うが、始めは苦労を掛けるな」

「いえ、領主様。

 私の覚悟が足りなかっただけでさ~。

 わかりました、とにかく教えてみましょう」

「ああ、失敗しても構わない。

 それで、どうこう言うつもりはないから。

 私もちょくちょく現場に行くから、よろしくな」


 そんな感じで、新たな事業が始まった。

 どうせ、子供たちの学校も開くことになりそうなのだ。

 それならば、いっそのこと病院関係の学校も開こうかなと思い、俺はキョウカを探した。

 キョウカは、落ち着いてきた領内の流行り病について最後の始末に奔走していた。

 置き去りになった子供たちは、まだ時々見つかる。 

 しかもそういう連中は例外なく罹患している。

 こういうのが、治まりかけているパンデミックを再発させる要因にもなりうるのだ。

 別の病気にでもかかれば、せっかく獲得している集団免疫など役に立たない。


 だから、俺はとにかく領内の病人を集めることを厳命している。

 バトラーさんを始め、元からこの領内にいる人たちが中心になって、領内をくまなく探しているのだ。

 キョウカは、そういう連中について一緒に領内を回っていた。

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