第175話 黒板と白墨

 

 屋敷に作った自分の執務室に入り、この後のことを考える。

 学校の箱は用意できた。

 となると次はソフトの部分だ。

 どういう感じで教育していくかだが、船長に丸投げでは効率が悪そうだ。

 船長は、確かに知識は豊富そうだが、人にものを教えることについては上手だとは思えない。

 多分、俺が考えている感じでは教えられない。

 まずは何をどう云う順番で教えていくかだが、指導要領のようなものがいるな。

 日本のような完璧なものなど望むべくもないが、少なくとも箇条書き程度の物くらいは準備しておかないと。

 あ、そうなるとそれに基づく教科書も欲しくなる。

 俺が仕事先のメーカーの技術者が使っていたハンドブックのような感じだと、海に出てからも使えそうだし、そんなのができればいいのだが……肝心なのを忘れていた。

 黒板が無い。

 この世界で黒板を見たことがない。

 あんなのは簡単に作れるので、すぐに準備させよう。

 俺はすぐに家宰のバトラーさんを呼んで、適当な大きさの板を用意させた。

 それと手先の器用なもの数人を集めて、用意された板をきれいに磨くことから始める。


 幸いだったのが、ここが港町で、サメ皮のような表面がざらついた魔物の皮が割と簡単に手に入る。

 なんでも滑り止めのようなものに使われているらしく、用途も限られているので、非常に安価というかほとんどがごみ扱いだそうだ。 

 それを集めてもらい、その皮を使って板を磨いていく。

 本当ならばやすりの番手を下げていき徐々に細かくしていく方が早く磨けるのだが、そんなものは無いので、力業、人海戦術で、とにかく磨いてもらう。

 その時間を使って、俺は黒色の塗料を探す。


 墨を使って膠のようなものに溶かしたものがあるらしくそれを用意してもらうが、あいにくこの町で扱う者がいないらしい。

 ほとんどの商人がこの町から逃げ出している。


 フェデリーニ様もこの町で造られる店の準備で商業連合に帰っているので、頼めない。

 幸いなことに、この町の大工の一人にその塗料の作り方を知る者がおり、その大工を召し抱えて、塗料を作ってもらう。

 材料の内で墨の手配が難しいと言っていたのだが、俺は知っている。

 煙突内にいくらでもあるというのを。

 それを聞いた大工は驚いていたが、別に今は品質は問わないので、それで十分だ。


 そんなこんなですぐに黒板は用意できた。

 では、試し書きに俺が……白墨、チョークともいうがそれが無い。

 あれも俺は知っている、消石灰を固めたものだと。

 確か以前見ていた番組で知ったのだが、消石灰って貝殻を燃やして作れるのだとか。

 とにかく、そこからか。


 俺は病気治療で集めた身寄りのない子供たちが暇そうにしているのを見たので、そいつら全員を集めて港そばの浜に行く。

 子供たちに向かって「できるだけ多くの貝殻を集めてくれ。割れていても構わない。どうせすりつぶすから、とにかく量を集めてほしい」と言って、貝殻を集めさせた。

 そこからは試行錯誤の始まりだ。

 集めた貝殻を片っ端から焼いていく。


 とにかく浜で焼いた貝殻を、今度はすりつぶしていく。

 子供達でもできる作業だったこともあり、人数を割り振って、とにかく細かくしてもらう。

 その作業を頼んだ後、俺は黒板つくりの現場に向かう。

 塗料を作る時に膠のような糊を使っていたが、もっと弱めの糊が無いかを先ほど連れてきた大工に聞いてみる。

 でんぷん糊のようなものがあるらしい。

 どうも海藻を煮詰めた汁がそんな感じなものがあるとかで、さっそく浜に逆戻り。

 近くの漁師を捕まえて糊の話を聞くと、「昔はそんなものを使ったこともあるかな」なんて言ってくる。

 どうも流行り病が始まってからはそういう日常がすべてなくなったとか。

 なので、糊そのものは無かったのだが、元となる海藻はすぐにでも海からとってこられることもあり、俺は漁師と一緒に糊を作る。

「領主様。

 この糊を何にお使いになるので」

 先の漁師は作っている糊の接着力が非常に弱いことを気にしている。

「ああ、学校で使う白墨の材料にしようかと考えているが、作ってみないと分からない」

 漁師が、使えない糊を俺に渡して迷惑をかけることを心配しているようだったので、できたばかりの糊をもって一緒に子供たちの下に向かった。


「準備できたのあるかな」

 子供たちは俺を見つけると嬉しそうに報告してくる。

 うん、俺はこの子供たちには嫌われていないようだ。

「領主様。

 これなんかどうでしょうか」

 一人の少女が俺に報告してくる。

 俺は少女が用意したものを見ると、少し粒が荒いようだ。

 篩でもあれば、これから取り出してもいいがどうしようか。

 試しに作るのだから、これでもいいかな。

「少し、粒が荒いようだな。

 悪いがもう少し細かくできないかな」

「それでしたら、こちらは」

 次に別の物も見せてきた。

 先ほどの物よりは粒が細かい。

 それでも、時々大きめのものもあるが、これなら使えそうだ。

 どちらにしても、篩も必要か。

「うん、これならば使えそうだ」

「領主様。

 いったい何をおつくりになるので」

 子供たちは興味津々といった感じか。

 これからも仕事を頼むようになりそうだから、子供たちと一緒に実験をしてみよう。


「よ~し。

 ならこれを使ってみんなで作ってみようか」

 俺は子供たちを集めて白墨を作り始めた。


 俺は、先ほど頂いた粉を使って、それに糊を入れて混ぜてみる。

 それくらいの配分が良いのかはこれからいろいろと配分を変えて試してみるしかないが、まずは作ってみるのが大事だ。

 適当な配分でまずは作る。

 十分にかき混ぜて混ざり合ったころ合いで、形を作り乾かしてみる。


「これが十分に乾いてから使ってみるから、まずは、これも面倒を見てほしい。

 十分に乾いたのならば固くなるから。

 乾くまで待つ間に、今まで通り粉を作ってほしい。

 頼んでもいいかな」

「はい、領主様。 

 私たちにお任せください」


 本当に、よくできた子供たちだ。

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