第172話 王都帰還の挨拶

 

 翌日朝から準備して伯爵邸に向かう。

 すぐに伯爵の執務室に通されたので、手土産として持ってきた酒などを手渡して、言い訳を始める。


「すみません、伯爵。

 領地に出向いたのは良いのですが、領地の状況が酷いために特産品など見つけることができませんでした。

 王都でも簡単に手に入る物ばかりですがご笑納ください」

「男爵。

 領地のことは聞いている。

 無理せずとも良かったのだが、せっかくだからありがたく頂くとしよう。

 それよりも、ずいぶんと早かったな。

 まだ、領地に到着すらしていないとばかり思っていたのだが」

「はい、モリブデンから船を出しますと、3日もあれば到着できました。

 王都からモリブデンまでも、急げば3日で行けますので、現地で状況を確認することまではできました」

 そこから現地の様子を話して、これからの事業についても報告だけはしておく。

 一応、伯爵は俺の寄り親になるらしいので、『報連相』だけはしっかりとしておくことにした。

 この世界でこういう風習があるのかは知らないが、『報連相』をされて嫌になることはあるまい。

 伯爵から、何か助けを得るつもりはないが、邪魔だけはしてほしくは無いし、何より貴族社会に全くと言って理解の無い俺にとっては目の前にいる伯爵だけが頼りだ。


「貴族になったというのに、貴殿は商人のままだな」

「すみません。

 にわか貴族で。

 どうしても商売のことが気になりまして。

 それに何より、領地の状況が状況ですので、立て直すにしても予算のあてが商いしか私にはありません」

「いくばくならば融通もできるが」

「いえ、領地の立て直しを借金でするのには商人気質が抜けない私にとってはできそうににありません。

 本当に、困った時には伯爵におすがりしますが、今のところは私の自由にするわけにはいきませんか」

「いや、その心がけは素晴らしい。

 王都に巣食う貴族に見習わせたいくらいだ。

 前の領主も借金で身を崩したのが流行り病を蔓延させた遠因だとも聞いている。

 とにかく、何かあれば相談してほしい」

「ありがとうございます、伯爵」


 伯爵への挨拶も無事に終わり、その足でドースンさんの店に向かった。

「こんにちは」

「ああ、昨日以来だな」

「ええ、昨日ゆっくりとお話ができませんでしたので」

 そこから商談に入る。

 前に頼んでいた船乗りの件は、予想通り全くあてが無い。

「それで……」

 そこで、俺はシーボーギウムで新たに開く学校について話を始める。

「それは、また……」

 やはりドースンさんもうちのメイドたちと同じ反応をしている。

「船乗りって、そんなに需要があるのか?」

 あれ??

 初めての反応だ。

「商売するにしても、商業連合とモリブデンの間くらいだろう、安全に船が通れるのは。

 それ以外だと魔物に襲われる危険もあるし、レイさんも商売人ならば知っているだろう」

 ああ、魔物の件か。

 俺も聞いたな。

 現在船便の航路で唯一のようなものとして商業連合との者があるが、それ以外だと岸沿いに進むものしかない。

 それだとどうしても時間もかかるし、何より襲われると命すら危なくなるというのもあってか、あまりこの世界では盛んではないが、それでも冒険気質の商人などが使っているとか。

 船も、そんなに大きくないし、そのため運べる量もそれほど魅力的にも見えなかったのだろう。

 でも魔物のために盛んでないのならば、海でも魔物対策をすればいいのだとも思う。

 実際に現在唯一の外洋航路としてある商業連合との航路は頻繁に魔物を退治しているらしいのだ。

 魔物を退治できるのならば他でもすればいいのにとも思うが、それは俺だけの考えのようだ。


「ええ、知っております。

 ですが、その商業連合の人に頼まれまして、人を育てることになりました。

 成功するかはわかりませんが、近く学校を開きます。

 そのために、事務員やらこまごまとした仕事も増え奴隷も増やさないといけなくなり、相談に来ました」

「船乗りは無理でも、普通の奴隷ならばうちも商売だから紹介はできるが……」

「ええ、費用ですよね。 

 あまりありませんので掘り出し物と言うか、安くて素直な奴隷ならばいいのですが、いませんか。

 あ、それと、領地経営もありますので、メイドもいれば紹介してほしいのです」

「前に紹介した時には、相当嫌がっていたのにな」

「あの時は、私も平民でしたので、貴族がらみには神経を尖らせますよ。

 トラブル案件でしかなかったでしょう」

「確かにな。

 俺でもそう思った」

「そんなのをよく俺に売りましたよね」

「悪かったな。

 あの時には俺も困っていたんだよ。

 俺もレイさんのこと何度も助けたよな。

 お互い様だ」

「今となってはどうでも良いですけれど。

 結果論ですが、私も彼女たちには相当助けられておりますし」

「しかし、あいつらのようなトラブル案件など何度も無いぞ」

「いやいや、俺の欲しいのはトラブル案件でなくて、メイド経験者なんですよ」

「ああ、そうだったな。

 しかし、メイド経験者と言うのも珍しい部類だからな。

 あのようなトラブル案件でもない限り、簡単には出ないぞ。

 それに値も張るしな」

「ですので、掘り出し物があればと思っての相談です。

 メイドでなくとも商家手伝いでも良いのですが」

「わかった、探してみるが、もしいたらどこに連絡すればいいのだ。

 レイさんの領地のシーボーギウムにはギルドも無いのだろう。

 ギルドを使う通信もできないぞ。

 冒険者を派遣するにしても時間がな……」

「それでしたら、王都の店にお知らせください。

 定期的に高速通信をしておきますから」

「なんだなんだ、金の匂いがするぞ」

「今は秘密です。

 そのうち、金儲けでもする時には相談しますよ」

「ああ、約束だぞ」

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