第170話  船乗りの先生

 

 俺はフィットチーネさんと一緒に波止場まで向かい、乗ってきた船の船長に船内で面会していた。

「船長、もうしばらく私たちにお付き合いくださいませんか」

「ああ、別に俺は構わないが、どうしてなのか理由を聞いても良いか。

 あ、あれか、こことシーボーギウムとの行き来がもうしばらく続くのだな」

「ええ、それもありますがもっと重要なお願いがあります」

「船長、私がレイ様を紹介しておいて言うのもなんですが、この先ちょっとばかり厄介と言うか……」

「フィットチーネさん、厄介は無いでしょ」

「レイさん、厄介事なのか」

「正直申しますと……」

 俺は、船乗りの不足について船長と相談を始めた。

「確かに、船乗り一人を育てるのは大変だな。

 そこらの船員から相当経験を重ねないとなかなか航海術など覚えられるものでもないし、俺もそうして覚えたものだ」

「そこなんですよ、私が相談したいのは」

 俺はそう切り出してから、学校について相談を始めた。

「俺は学が無いから、学校などと言うのはよくわからないが、確かにレイさんの言うことにも一理あるとは思うが、本当にそんなことで簡単に船乗りが育つのかな」

「私の故郷では、数年は要しますが奉公を長い年月してと言う部分は省けておりましたね。

 まあ、私もそんなに詳しい訳ではありませんから試行錯誤しながらになりますが、私が奴隷たちにさせていた総帆展帆などを見ていた商人たちが言うのですよ。

 あれは良い、どんどん船乗りを育ててほしいと」

「確かにレイさんのところだってか、あいつらはすぐにでも使えるレベルにあるが、それがどうした」

「ええ、彼ら全員がいわゆる陸者と言ったものでして、皆海の素人なのです。

 ですので、少々困ったことになりそうでして」

「え?

 素人だと」

「ええ、体力をつけるためにしていただけでして。

 だから彼らができるのは総帆展帆だけなんですよ」

「それは問題ないのでは。

 どうせそこらの船員の仕事なんざ、それしかないしな」

「そうなんですか」

「ああ、そんなものだ」

「ですが、船を動かすには船長や航海士、操舵士など必要でしょ」

「ああ、当たり前のことだな」

「ですので、そういう人たちを教育して作りたいのです」

「教育でだと……船の操作なんかは見て覚えるものだと思っていたがな」

「ですから試してみようかと。

 船長にはそれに協力を頼めないかなとお願いに来ました」

「え、俺が先生と言うのか」

「ええ、私も協力します。

 私の知る限りの説明は私の方で行いますから船長には実技と言うか私の足りない所の説明をお願いしたく」

「世話になっているフィットチーネさんの頼みと言事もあるから、協力は惜しまないが本当に大丈夫なのか」

「ですから、それを試してみようかなと」

「いつから始めるね」

「こちらに残しているあの連中、総帆展帆している連中をシーボーギウムに連れて行って、そこで始めようかと。

 そうですね、とりあえず半年してみて見込みが無ければ諦めますが、半年間協力願えませんか。

 その間に報酬は私のできる範囲で弾みますから」

「別に追加もいらないが、半年か……わかった、乗り掛かった船だ。

 世話になったフィットチーネさんの顔を立てて半年は付き合うことを約束しよう」

「ありがとうございます」


 直談判の結果、とりあえず先生役は確保した。

 学校にする建屋もシーボーギウムにはいくらでもある。

 最盛期の半分以下にまで減った人口だ。

 空き家などいくらでもある。

 まあ、修繕くらいは必要なのだが、そうなると大工も居るか。

 本当に人が足りないな。

 人手も足りないが人材不足は深刻だな。

 まあ、税の免除もあるし、1~2年はゆっくりと始めていくしかないだろう。

 流行り病の方はほぼ終息しているし、領民の健康についてもこれからは良くなっていくしな。


 俺は船から出てモリブデンの自宅に戻っていく。

 自宅に戻ると、全員から出迎えられたが、歓迎されている感じは無い。

「ご主人様。

 モリブデンにお戻りになられたのならば、何故最初に娼館に向かうのですか」

 俺が波止場でお姉さん方に出迎えられてから一向に屋敷に戻らなかったのが不満のようだ。

「ご主人様が目立つことを嫌っていることは存じておりましたから目立つような出迎えは控えておりましたのに……」

「ああ、悪かった。

 メイドたちは一緒に帰ったのだから事情は知っているよな」

「ええ、彼女たちから事情を聴いておりますから、余計に腹の立つ。

 確かに私たちは奴隷ですが、それでも……」

 これはお姉さん方が奴隷の身でありながら俺の側室に収まるのが不満のようでそれでなのだろう。

 うん、みんなから嫌われていなかった……良かった……か?

 とにかく皆を落ち着かせないと先に進めない。

「今回は、悪かった。

 皆の配慮には本当にいつも感謝している。

 その分、夜頑張るから」

「そんなことを申したいのでは……」

 そういった傍から顔を赤らめているから説得力も無い。

「それよりも、この先にも問題が山積みなんだ。

 そのうち、みんなをシーボーギウムに呼びたいと思うし、それに向けて準備も始めるけど、この町の拠点も残すつもりだ」

「順番でここに残るものがいると」

「それも考えたのだが、最低限かな。

 責任者くらいは残したいと思うが、ここの従業員は別に育てていきたいかな。

 みんなにはシーボーギウムに来てもらって、俺を助けてもらいたい。

 これは王都の店も同じだ」

 俺の最後の言葉でメイドたちも一斉に安堵の吐息をもらす。

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