第154話 昇爵と領地の下賜
それでも何もしないで時間を潰すのもつらいものがある。
こういう時には嫌なことを思い出すものだ。
そう俺が社会人になりたての時にもこんなことが度々あったが、一番つらいことを思い出した。
まだ寒い日が続くのに花見の場所取りを俺一人でさせられた時にはまいったな。
先輩たちからは先に始めるようなことは絶対にするなよって念を押されていたので、今日のように飲み物すら飲まずに寒空で待っていた。
あの後雨が降り出して花見は中止になったが、俺は置き去りのまま、結局風邪をひいて熱を出し、翌日会社を休んだら上司から社会人としての自覚が足りないと延々と説教まで食らい、さらに調子を崩したのを思い出す。
今更思い出しても気分が悪くなるだけで何ら益無きことなのだが、こればかりはどうしようもない。
少しブルーが入る頃に、俺は一人の執事から呼び出された。
控えの間から出て、執事についていくと、王宮内のやたら豪華な部屋に通された。
偉そうな人が奥で仕事をしている。
何もパーティー当日に仕事をしなくともいいだろうと思うが、王宮と言えどもここもブラックのようだ。
今更ブラック職場には近づきたくもないので、以後絶対に近づかないと心に誓う。
尤も、最低の貴族である騎士爵程度がそう何度も王宮に入れるはずもないが、とにかく今の俺はホワイト職場を目指している。
うちの商会がホワイトだと言い切れないのは柵がやたらとあり、仕事が増えてきている。
特に建築部門は風呂工事の注残も溜り、あそこはブラックが入りかけているので気を付けている。
部屋に入れられても、目の前の偉そうな人は仕事を辞めないので、その場にてしばらく待つ。
俺の存在にやっと気が付いたのか声をかけてきた。
「すまないね、呼び出した上に待たせて。
悪いがそこに座って待っていてほしい。
すぐに済ませないとまずい仕事が残っていてね」
「いえ、お構いなく。
ですがお言葉に甘えまして、座らせていただきます」
「ああ、今係りの者に茶を用意させている。
それを飲んで待っていてほしい」
すぐに部屋の扉、俺が入って来た扉とは別の、ちょうど部屋の反対側にある小さめに作られている扉が開き、一人のメイドさんがお茶を持ってきてくれた。
こういう場合、俺は礼儀やしきたりを知らないので、口をつけていいものかわからないが、俺は言われるがままにお茶を口に入れる。
毒でも入っていないよな……まあ、王宮でしかもパーティー当日に毒されるほど俺は恨まれていない……筈だ。
少なくとも貴族との付き合いも最低限だし、これと言って揉めたことも……そういえば店の権利をめぐり揉めたことはあったか、でもそれにしたってたかが平民改め騎士爵を王宮の一室で毒殺するほどのこともあるまい。
いくら人の命が羽毛より軽いこの世界にあっても、少なくとも外聞を悪くするリスクが大きい。
おれがこの部屋に呼ばれたことは他の騎士爵も見ているし、あの連中は仲良く話していないことからそれぞれが初見だろうから属する派閥も違うだろう。
だからたとえ陛下でもそう簡単には俺のことをもみ消すことはできないだろう……と思いたい。
今までの経験から言えるが貴族って、少なくとも俺の周りにいる貴族は体面ばかりを気にする生き物だ。
面子お化けと言ってもいいだろう。
そんな連中……おっと、言い過ぎだな。
そんな貴族が、外聞を悪くするリスクを冒してまでも俺のことを殺したいとは流石にないだろう。少なくとも目の前にいる偉そうな人がするほど間抜けには見えない。
お茶を飲みほした頃になって、件の偉そうな人が顔を上げて俺の方を見た。
「レイ殿だったか。
手元の資料を見る限り、ヘーター卿と名乗るそうだが、相違ないか」
「え?え?……」
急に話かけられたので、俺は答えられずにすっとんきょうな声を出してしまった。
「す、すみません。
何分慣れないものですから。
確かにそのようなことをカッペリーニ伯爵にお答えしたような気がします」
「お答えって……、ああ済まない、自己紹介がまだだったな」
そう言って偉そうな人が自己紹介を兼ねて説明してくれた。
偉そうな人はこの国の宰相で、どこぞの侯爵閣下だった。
本当に偉かった。
名前はすぐに忘れたけれども。
で、その宰相が説明してくれる話では、先の獣人奴隷の際の俺の働きがどうとかで昇爵されるらしく、いきなり騎士爵から準男爵を通り越して名誉男爵になるらしい。
そのための身分の確認だったとか。
で、名誉男爵っていうのは準男爵より上の爵位で扱いとしては男爵と同格だとか。
あくまで臨時の役職らしく、時々使われるらしい。
特に俺のように特進される場合などでは周りの影響をできるだけ小さくするためなどに活用されるとか。
さらに面倒なことに領地まで賜るらしく、本日陛下よりそのような宣言が出されるというので、その前に俺を呼んだとか。
先の名誉男爵についても準男爵では領地を陛下より賜ることは無いらしく、男爵相当に昇爵させてまで俺に下賜されるということのようだ。
「へ?領地の下賜ですか」
「ああ、急な話ですまないが、何分はやり病が度々流行する地を治めるためだ」
なんでも宰相の説明することには、先の獣人奴隷の多くが住んでいた港町は度々はやり病が流行する土地のようだが、この度はその流行の被害もものすごく、複数の貴族の領地が立ちいかなくなったとか。
しかし、港町ということもあるが、とにかく魔物の生息する地域と隣接する地だけにそのまま荒れるに任せるわけにもいかず、かといってどの貴族もその地を欲しがらない。
この場合の貴族というのは領地を切り盛りできるくらいの器量を持つものに限って火中の栗は拾わない。
だからと言って誰でもいいかというと、野心家はどこにでもいるが場所が場所なだけに誰にでも任すわけにもいきそうにない。
王族直轄の地にするしかないとばかりに考えていたところに、病にやたらに詳しい者が叙爵されたという話が飛び込んできた。
これは乗らない手はないとばかりに王宮が動いた結果だとか。
王宮としても直轄としてもうまく治める自信がないらしく、かといって統治を失敗するわけにもいかないから、誰でもいいから生贄が欲しかったらしい。
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