第152話  高級石鹸の大量注文

 店に帰ると、これまた問題が発生していたというか、例外続きで、男爵邸でメイドをしていた連中がおかしくなっている。

 というか不安そうにしていた。


 話を聞くと、王宮でのパーティーに参加するのに手土産などの用意はいらないのが当たり前らしいのだが、俺が森に出ている間にカッペリーニ伯爵の家の者が、あの石鹸セットを注文してきたという。

 それもかなりまとまった数だ。

 今ある在庫でどうにかなりそうなのだが、それを出すと店の在庫が不足するから困っていた。


「ご主人様。

 要らないはずの手土産の準備をカッペリーニ伯爵様がなされております。

 いかがしましょうか」

 どうも、伯爵家の方で王宮に持っていく手土産なのだから、売ってもいいのかと聞いてきた。

 売り物だから売ればいいじゃないかと俺は思うのだが、貴族の間ではそういうものでもないらしい。

 此度のパーティー参加に叙爵のお礼もあるので、俺からも何らかの誠意を見せる必要があるとかないとか。

 元々からして俺の参加がおかしい所にありえない手土産の問題が発生しているのだ。

 王都の貴族の常識を持つ元メイドたちは混乱する事ばかりのようだ。

 尤も混乱しているのは貴族社会に精通しているメイドと騎士たちだけで、店長のカトリーヌや娘のマリアンヌは訳わからずの状態だ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 要は注文のあった石鹸をどうするかだろう。

「わかった、俺の手持ち分から出すが、化粧箱が無いかな。

 まとめて伯爵家に渡して相談したらどうだろうか」

「その方が良いですかね。

 今からですと私たちでは化粧箱の準備もままならないでしょうから」


 話がまとまったのですぐに、俺のアイテムボックスから、適当に取り出した高級品として扱っている石鹸を石鹸の持つ香りの種類をバラバラに数にして百は出しておいた。


「10セットは作れる数ですね。

 こうすれば、ばらばらでも並べますと多く感じます」

「ああ、これを運んでもらいたいのだが、そうだ、酒を入れてあった箱があるじゃないか。

 あれ、見た目も良いからあれに詰め込んで伯爵の元に送ろうか」

「そうですね。

 それしかないでしょうかね」


 それからはすぐに箱も用意されて、俺の出した石鹸は箱の中に丁寧に詰め込まれて、メイドの一人が、獣人の兵士を護衛に付けて伯爵の元に向かった。


 今回石鹸の購入代金についてはメイドたちと話し合い、伯爵家が費用を出すというのならば定価の半額だけを貰うように指示は出してある。

 手土産を折半しようという意味は無く、ご贈答用としては中途半端な納品となったために俺の方が遠慮した格好だ。

 しかし、メイドたちには、手土産を伯爵と折半するのだと思われている。

 今回の手土産はどうも俺のことが原因らしくあるのだという。

 正直勘弁してほしくはあるが、そういえば伯爵と会った時に昇爵がどうとかも言っていたしな。

 騎士爵から上だと言えば男爵になりそうなのだが、尤もその男爵位にも二つあり準男爵というのがこの国ではあるらしく、多分その準男爵にでもされるのだろうとメイドたちは言っていた。


 それでも大変栄誉のあることなのだと言われても、正直実感はない。

 それよりも面倒ごとに巻き込まれないか心配の方が大きい。


 無事に伯爵家に石鹸を納品して戻ってきたメイドから報告を受ける。

 石鹸の折半はもとより、伯爵家としては高級品を貰う訳にもいかないということだったようで、半額とはいかず、7割のところで折り合いがついたということらしい。

 30%offならばバーゲンでもおなじみの価格だ。

 しかし化粧箱の無い状態でそれだとはっきり言って俺の方が貰いすぎだが、そこは面子お化けの貴族様だけあって、どうしても面子を守るために支払ってきたという。

 まあ、治療費の時にも感じたが、貴族の金銭感覚がおかしい。

 俺は十分とはいかないまでもそれなりの治療費は貰った上に叙爵だ。

 どうも、貰ったあの治療費は貴族としてはありえないくらいの安さと感じているようで、気持ちをごまかすための叙爵だったようだ。

 此度は定価のある商品なためにごまかしは効かないので、費用を知られているところで俺からの提案を受けてそれでも面子を守る意味でもより多く支払うところで手を打ったとメイドは言ってきた。

 俺よりも多くって、折半だと俺と同じになるから受け入れられないらしい。

 6割だと伯爵と騎士爵との爵位の差から見てどうもと言われかねないので、最低限面子の守れる7割というところで落ち着いたとか。

 俺としては化粧箱分を差し引いたつもりだったのに、この世界ではそういう考えは無いらしい。

 そういえば俺が転生前に残業していたのも、搬送用の箱に傷があるとかないとかのクレームからだった。

 あれって、段ボール箱の傷だったはずで、写真を見たとこでは中身には問題は無い筈な筈だが、主任が客先相手に高飛車な対応を取ったために問題がこじれて、俺が課長から叱られたっけか。

 思い出しただけで腹が立つが今が十分に幸せだから、もう考えるのを止めよう。


 俺がメイドを送り出すときに十分に説明しなかったので、貰うことになったようだが、……あれ、俺説明したよな。

 でも良いか。

 俺はメイドにねぎらいの言葉をかけてから一旦店を出た。


 うん、俺はまだこの世界の常識から疎い。

 だからという訳でもないが、久しぶりに商業ギルドに顔を出して受付で雑談をした。


 受付嬢から開口一番に叙爵のお祝いの言葉を頂いた。

 確かに商売人は情報が命のところもあるが、それにしてもバッカスさんと言い、商業ギルドと言い耳が早い。

 あ、バッカスさんが先かギルドが先かは別として、繋がっているからどちらの耳に入れば守秘義務もない世界のことだし筒抜けだわな。


 まあ、秘密にすることもないので、素直にお礼を受けてから、対応についても今まで通りでお願いをしておいた。


 まあ、大店の主人などが御贔屓筋の貴族から叙爵されることも数は少ないようだが、あるようで、そのあたりはギルドの受付嬢も慣れたものだった。

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