第146話 貴族の生態

 

 モリブデンに戻るとすぐにフィットチーネさんを訪ねた。

「今度王都で獣人たちが大量に売り出されるようなんですが、こちらで需要はありますか」

「獣人たちの奴隷は一定程度常に需要はありますが今度ばかりはね~」

 どうも歯切れが悪いのでよくよく聞いてみると、やはり流行り病が怖いらしい。


「病気の件でしたら、私たちが診察して、もしまだ病気を持っているようならば治療も致しますが」

「それなら……でも、果たして周りがそれを……」


 フィットチーネさん自身は獣人に対して偏見は全くなさそうなのだが、そこは商人、顧客やその周りがどう考えるかを考えると今度ばかりは難しいと言っている。


 俺なんかはそんな怖い病でない限りどうでもいいことなのだが、この世界での病に対する考えはというよりも、病の治療法が確立していない世界なので必要以上に病を恐れている。


 元の世界で考えると病のすべてが令和の流行り病以上に考えているような感じなのだろうか。

 平成のサーズの扱いに近いかもしれない。

 そう考えると腑に落ちてきた。


「そうだ、レイさん。

 獣人たちですが、しばらくレイさんのところで預かってもらえませんか」

「別に構いませんが……」

「レイさんのあの病を治す店に預かってもらえますと、周りも落ち着きますので、私でも扱えます。

 そうですね、一月ばかりお願いできれば大丈夫でしょう。

 あ、費用はこちらですべて持ちますし、何より治療に罹ったお金ももちろん払います。

 当然お礼も弾みますから」


「一月くらいでしたら、問題はありません。

 わかりました、お預かりしますが預かれる人に限りはありますよ」

「わかっておりますよ。

 そうと決まれば私も近いうちに王都に向かいますから、人数などの細かいところは王都で相談しましょう」


 フィットチーネさんとの短い会談で新たな商売が成立?したようだ。

 別に病院経営はそんなに熱心にするつもりは無かったのだが、最近病院がらみが盛んに商談が出てくるようだ。

 近いうちに何かしら考えないとまずそうだ。


 そんなことを考えながら俺は再び王都に戻っていった。

 貴族とのお約束があるのだ。

 貴族とはあまりかかわりたくはないのだが、流石にすっとぼける訳にはいかない。

 予定通り、お約束の3日前には王都に到着できた。


 3日前に着いたが、決して余裕があったわけではない。

 結構、庶民が貴族の前に出るのに準備が必要だった。

 そのあたり元貴族屋敷でメイドをしていた者たちがいるので抜かりはないが、それがかえって時間を潰す原因ともなっている。

 知らなければ恥をかくだろうが、しょせんは庶民と許されるようなことまで準備をしているので、3日は十分な時間とは言えなかった。


 こんなことならばモリブデンに戻らなければよかったと思ったのだが後の祭りだ。

 忙しい中でもドースンさんの店からは奴隷の件で知らせが届く。

 明後日に王都に着くので、顔を出せと言ってくる。


 貴族の屋敷に招待された翌日になるので、問題はなさそうなので良いのだが、いやな予感ばかりがしてくる。


 やはり根っからの庶民は貴族とかかわってはだめだ。

 そう庶民の血が俺の中で騒ぎ立てる。


 でも、今更後には引けないし、何より原因となった治療もしないという選択肢はあの時にはなかった。

 確かに治療を断ることはできた。

 王都の教会でも治療は難しいと言われていたようなので、俺があそこで治療を拒否もできたが、目の前で子供が死に行くのを黙ってみているだけのメンタルは俺にはない。

 治せるのならば治してやりたいというごくごく当たり前の気持ちがわいてくる。

 これも由緒正しいし日本人庶民の血のなせる業なのだろう。


 治療してしまったものはしょうがない。

 とにかく今回の会談だけを乗り切ればいいと、迎えに来た馬車に乗り込んでいく。

 幸いなことに同伴を許されているので、奴隷の身分ではあるが、元貴族屋敷のメイドを連れて行けるのが救いだ。


「大丈夫だよね」

「大丈夫です、レイ様。

 おかしなことにはなりませんって」

「厄介事はこれ以上……なぜそこで目をそむける」

 今回同伴者として選んだタリアは先ほどまでは俺の味方のようなそぶりを見せていたのだが、厄介事を心配する俺を見て、急に目を背けてきた。

 もう完全に厄介事しかありえない状況だと言っている。

 だが、もうこれ以上会話を避けてくるタリアを諦めて、外ばかりを眺めていると、馬車は屋敷の中に入っていく。


 もう完全に諦めた。

 そもそもこの世界に連れてこられた時点で俺の人生は詰んでいたのかもしれない。

 そう考えると幾分気持ちが楽になってきた。


 流石に今回は招待された状況なので、正面玄関から出迎えてもらえた。

 前に治療で来た時には勝手口??と言っていいのか……とにかく正面玄関ではなく、別の玄関から入ったのだが、あの時にはあそこが正面玄関だと思っていたのだが、流石に王都でも権勢を誇るだけある貴族の屋敷だ。

 車寄せに続く玄関は、それだけで芸術品と言っても良いくらいに絢爛豪華なつくりだ。


 そこに俺たちを乗せた馬車は止められて、外から扉があけられる。


 俺はタリアの手を取り玄関に向かう。

 初老の男性が俺たちを出迎えてくれた。

「ようこそ、お越しくださいましたレイ様」

 この人には治療の時にも会った家宰の人だ。

 そんなお偉いさんが出迎えてくるので流石に俺も身構えた。

「本日はお招きに与り参上しました」

 そこで簡単に挨拶を済ませてから中に通される。

 流石に嫡男の快気祝いだとしても、そもそも健康問題がらみなので今日のパーティーも身内だけのささやかなものだと家宰の人はおっしゃっておられるが、身内って言ってもこの国の現職大臣の開くパーティーだ。

 ささやかな筈がない。

 簡単に今日の招待客の素性を教えてもらうと、当然親戚筋の貴族たちを始め主だった寄子貴族が集まった話だ。

 どうも、嫡男が病にかかった時に相当確執があったらしい。

 権勢を誇る貴族の跡目に関することだけに、まだ嫡男が生きているのに死んだ後について色々とあったらしい。

 今日のパーティーは俺をだしにしてそういった輩に跡目に関してはなんら変わりがないと知らせるためのようだ。

 これは貴族の生態に詳しいタリアから教わった話だ。

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