第144話 次なる厄介ごとの気配

 

「ありがとう。

 先方にはこの店のことを知らせているから俺がいないときにでも連絡があるかもしれないから注意してくれ」

 何を注意すればいいのだと突っ込みが入りそうだが、俺も何を言っているのだか。

 そこから雑談していると、店の方からアイが来た。

「レイ様。

 お手紙を預かりました」

「え?

 誰からなんだ」

「ムーラン様と言われる方から共有ボックスに手紙を預かりました」

 そういって俺に手紙を渡してきた。

 開いて読んでみると、手紙の主はムーランではなくマイからだった。

 モリブデンの店の高級酒の在庫が心もとないので仕入れてほしいとあった。


 うん、本当に便利な機能だ。

 手紙によると娼館の幾つからいつも以上に高級酒の注文があり、かなり在庫が少なくなっているそうで、共有ボックスを使って仕入れてほしいとある。


 俺は、王都に来てからどこにも挨拶も済ませていなこともあり、まずはバッカスさんの店に挨拶がてら仕入れに向かう。


 バッカスさんの店は目と鼻の先の通りを挟んだお向かいさんだ。

 すぐに店を出てからバッカスさんの店に入る。


「あ。いらっしゃい、レイさん。

 ひさしぶりですね」

「バッカスさんは御在宅ですか」

「ええ、今うちの者が呼んでおります……、あ噂をすればですね」

「やっと来たか、レイさん。

 貴族に絡まれたんだってな」

 この人の耳は良く聞こえるらしい。

 流石王都の大店の店主だ。

「ええ、ギルドからかなり無理に誘われましたから」

「なんでも面白いことを始めんだって。

 モリブデンで、治療なんとかといった」

「ええ、病院を始めましたと言っても、まだ店を開いただけなんですが、準備中に助けた御仁が大物だったらしく王都まで噂が広まったような」

「そりゃ~そうだ。

 俺も聞いたぞ、その噂。

 なんでもあの『生き腐れ病』を治したんだって。

 そんなこと王都の教会だってできないことだぞ」

「偶々と言いますか、まぐれなんですけどね」

「王都でも、その病院とかというのを開くつもりか」

「いえ、そんなつもりはありませんよ」

「無理だな」

「え?」

「大物を今度も助けたようじゃないか。

 絶対に王都に呼び出されるかな」

「そんな~。

 あ、そうだ、バッカスさんのお知り合いに大物もいましたよね。

 その人を後ろ盾にできませんか」

「そんなの俺に頼むよりもお前が助けた貴族にでも頼んだ方が早いぞ。

 確かに伯爵に知り合いはいるが、それならば同じだろう爵位が。

 だったら、貸のあるカッペリーニ伯爵の方が良いぞ。

 そのうち俺の方の伯爵にも紹介はするが、まずは守りを固める方が先だろう」

「そうですか、そうします。

 まあ面倒になれば最悪国を出ればいいだけですから。

 幸い今回の病院の件でカッパー商業連合国にも知り合いができましたから、あそこにでも逃げればどうにか……」

「レイさんに逃げられると国の損失だ。

 そうならないように俺も協力するから。

 で、今日は何だ、挨拶だけか」

「いえ、仕入れですかね。

 何せ治療で軟禁されておりましたから、モリブデンの店が心配なんですよ」

 雑談も終えて、仕入れを済ませてからもう一軒の知人の店に挨拶に向かう。


 バッカスさんの店からすぐそばにあるドースンさんの奴隷商に出向く。

 入り口でいつものようにいかつい用心棒さんに挨拶をするとすぐに家宰さんが現れ。ドースンさんの事務所まで連れて行ってくれた。

「やっと来たか、レイさん。

 また、騒ぎを起こしているらしいな」

「騒ぎだなんて、物騒な。

 そんなことはしていませんよ。

 私はギルドに嵌められたようなものなんです」

「にしても、毎回レイさんには驚かされる。

 なんでもあの『生き腐れ病』を治したらしいな。

 今度もその病の治療か?」

「いえ、違いますが、似たようなものらしいですね。

 一応守秘義務とやらでこれ以上詳しい話は……ちょっと」

「なんだ?その守秘義務って?」


 え、この世界には守秘義務っていうのは無いのか?

 俺は元の世界でも医者には行ったことはあるが、医者になったことはない。

 友人知人にも医者どころか歯医者や獣医ですらいなかったから、詳しくは知らないけど、患者さんの情報って秘密じゃなかったっけか。

 最近では個人情報とか言って小売店ですら秘密にしないとまずいとか聞いたけど、まだこの世界、いやこの国かもしれないがそんなものはないのだろうか。


 そういえば、あの貴族さんも俺が誰のどんな病を治したかっていうのを知っていたようだし、あまり気にすることはいのだろうか。

 でも、貴族の屋敷で知りえたことをあまりぺらぺらと話すと知らないうちに消されていたりして、ちょっと怖い。

 まあ、しゃべらないのが吉だろうな。


「いえ、守秘義務っていうのは私のいたところで、知りえた情報を他に漏らさないというのですよ。

 貴族屋敷なんかで知りえた情報を敵対する貴族に話そうものなら……わかるでしょ」

「そういうことか。

 そりゃそうだ。

 俺でもそうする」

「特に健康面に関する内容だとね。

 私の病院というのはそういう健康面に直結するから往診はしたくはなかったんですがね」

「レイさん。

 往診てなんだ?」

「往診というのは患者さんのところまで出向いて治療することなんですよ。

 基本はうちの病院まで患者さんを連れてきてもらい病院で治療することにしているのですが、今回は商業ギルドから無理やりって感じだったので仕方なく」

「災難だったな。

 そうそう、話は変わるが、今度久しぶりに大取引があるんだ。

 一枚嚙まないか?」

「大取引って奴隷ですか」

「ああ、久しぶりに王都に大量に来るらしいが、オークションには出されないらしい」

「それって、また厄介ごとなんですよね。

 前にも似たようなことがあったような。

 今度はどこの貴族屋敷なんですか」

「いや、貴族がらみじゃないが……レイさんなら正直に話すか」

 そう言ってドースンさんは俺に小声で教えてくれた。

 少し前になるがと前置きがあってから話されな内容は国境に近い街にはやり病が蔓延して町一つと付近の村が三つやられたらしい。

 完全にはやり病が収まるまでその地域に人が出入りするのを制限されていたが、最近になってやっとそれが解禁になった。

 しかし、はやり病の猛威がすごかったらしく、その地を治めていた貴族はお取り潰しにあったというか、貴族さんたちもほとんど全滅だとか。

 それでも生き残ったもので自活できない者たちが大量に奴隷として王都まで連れてこられるのだが、奴隷たちのほとんどが獣人だとか。

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