第143話 治療の真似事
別の部屋に移された御夫人は心配そうに俺たちを見ている。
この部屋にはご婦人の他にはご当主だと思われる人もおり、俺たちに説明を求めてきた。
「ご子息は、ってご子息でよろしいのでしょうか」
「ああ、あ奴は私どもの嫡男だ」
「ご嫡男の方は熱病です」
「熱病とな」
「はい、正直あのままでしたら少々厄介になる寸前でしたが、一応の措置はしておきました」
「で、あ奴は治るのか」
「正直に申します。
治るかどうかはあの方御自身にかかっております」
「どういうことだ?」
「ケガをするとしばらくして傷は治ります。
ご存じのことかと思いますが、病気も軽いものはほとんど何もしないでも治ります。
これは私どもの体に病気やけがを治す機能が備わっておるからですが、大病ですとその機能が追い付かずにということもあります。
今回の熱病は大病の類になりますが、それでも私たちはご子息が病気に立ち向かうための手助けはできます。
先ほど私がしたことはその手助けなのですが、ご子息が手助けを受けても大病に負けることもあります。
こればかりは私どもでもどうしようもありません。
ご理解ください」
「うむ、それは理解している。
正直今度ばかりはとも思ったのだが、付き合いのある貴族から噂を聞いてな」
伯爵は俺たちを招聘した経緯について簡単に説明してくれた。
やはりあの時の患者さんだった。
一応、俺たちの恩人の頼みということで、本来は往診などしていなかったのだが、ギルドの要請のために今回ばかりは特別だということを丁寧に説明しておく。
風邪なんかでいちいち呼び出されてもかなわない。
「それで、先生の見立てはどうなんだ。
助かるのか」
貴族と言っても人の親らしく子供心配をしている……か?
まあいいか。
今回の熱病について簡単に説明をしておく。
「高熱が出る病気で、体力があれば大丈夫です。
4~5日もすれば治ると思われますが、絶対ではありません。
それまではできるだけご子息の体力を維持できるように、食欲が出るまでアポーの実のしぼり汁を飲ませます。
少しづつですがアポーのすりつぶしを食べさせながら熱が下がるのを待ちます」
俺はそう言ってからご婦人についての心配を説明しておく。
「ご子息のそばでお疲れのご様子だったので、部屋から出ていただきましたが、これには理由があります」
俺はそう言ってからさらに説明を加えていく。
要はうつるから部屋に入るなということだ。
流石に面会を謝絶するわけにもいかないので、日に二回は俺と一緒に部屋に入ることして、治療を続けた。
頭を冷やして、水分と栄養をリンゴジュースならぬアポーのみのしぼり汁で取らせると、翌日から回復の兆しが見えてきた。
流石に貴族の子弟だけあって、今まで良いものをたらふく食べていたかはわからないが栄養状態が良かったことと、体をある程度鍛えていたことが幸いしたのだろう。
元から免疫力は強かったと思われるだけに、俺たち本当に必要だったかという疑問は生まれるが、キョウカさんがそのあたりについて説明してくれた。
「私はこの国の出身でないので、この国での様子はわかりませんが、彼の状態を診るに奇跡だと言えるでしょう」 とまで絶賛してくれる。
前に『生き腐れ病』治したときと同じ反応だ。
キョウカさんのその後の説明では、あそこまで高熱を発しますとまずもたないだそうだ。
良くて2週間でお亡くなりになるらしい。
まあ、高熱が長く続くと体力が持たない。
何も治療をしなければそんなものかと俺も思うが、適切な治療とまでいかなくとも対症療法だけでもすればほとんどのインフルエンザなど怖くはないだろうと思うのだが、この世界は違うらしい。
こんなことなら狂犬病や梅毒など、またコレラや赤痢などの病気でも発生すれば国が亡ぶと思うのだが、これは冗談でもなく実際に都市一つくらいは簡単に滅ぶものらしい。
すぐに都市を封鎖してしまうので、2~3の町の被害で済むらしいのだが、なんともな~。
被害の拡大につながらないことに都市間移動に時間がかかるというものもある。
ある町で病気に罹患しても次の都市に着くまでに発病してしまい、街道を封鎖すればその街だけの被害で済むらしい。
理屈上ではわかる話だが、実際にそうだというのならばそうなんだろう。
結局、貴族の屋敷で1週間缶詰めにされて治療をしていたら、件の嫡男は無事に回復した。
インフルエンザなんか一週間もあればだいたい治るだろうと思うのだが、貴族の夫婦に非常に感謝された。
しかし、俺はここで貴族にくぎを刺しておく。
何度も言うが、俺たちは往診なんぞしないのが基本だ。
以後の急な呼び出しは控えてもらえるようにお願いをして王都にある店に戻った。
「レイさん、お帰りなさい」
店に入ると入り口近くにいたスジャータさんから声がかかる。
すると店の奥から店長のカトリーヌが出てきた。
「かなり前に王都に着いたと思いましたが……」
早速皮肉を言われた。
そういえば最近ご無沙汰だった。
「ごめん。
知っているとは思うが貴族屋敷で軟禁されていた」
「知っております。
前に調査依頼を貰いましたから」
そういって俺を奥に連れてく。
奥に入ると、いきなりキスをされてから俺が出していた調査の報告をしてくれた。
「王都に着いたらすぐにこの報告を聞きに来るかと思いましたが、無駄になりましたわね」
「いや、無駄ではないよ。
少なくとも、知り合うことができたが、まともに挨拶すらしていないから、名前すらわからないんだ」
「え!
そんなっ事が……」
驚いていたようだが、正直挨拶する前にいきなり嫡男の治療を始めたし、それから言葉を交わすことは何度もあったが、最初に挨拶をしていない以上、俺からも自己紹介はしていない……あ、往診はしないって最後に断った時に俺のことを説明していたっけか。
で、知らない貴族についてだが、カトリーヌさんから説明を受けた。
名前をカッペリーニ伯爵というらしく、領地を持たない法衣貴族の間ではかなりの有力者だそうだ。
俺もよく知らないのだが、彼の持つ伯爵位より上位には辺境伯や侯爵、公爵の3つしかないらしく、辺境伯は名前が示す通り国境近くにいる貴族で、当然王都にも屋敷はあるが領地を持つ、かなり広いらしい。
また、公爵や侯爵についてもここまで高位になると王都近くに領地を持つらしく、広さについてはさほどではないが抱えている町は大きく、とにかく領地持ちの最高峰だとかで、法衣貴族に於いては伯爵位が最高峰だとか。
尤も、領地を持たないというだけで大臣などの役職には侯爵や公爵が遠慮なく就くからなかなか高位と言っても成れるものでもないらしい。
しかし、件のカッペリーニ伯爵は開発大臣という、宰相や軍務尚書などの最高位ではないが、それでも国政に参与する立場らしく、ここ王都ではかなりの権勢を誇っているらしい。
よくこんな短時間で調べたものだと感心していたら、嫡男が熱病に罹った貴族で聞き取りをするまでもなく店の中での会話を注意深く聞くだけで判明したとか。
身元が分かれば、王都で権勢を誇る貴族だけあって、仕事や人柄などはすぐに判明する。
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