第134話 診察と治療


 

「レイさん。

 この方も治りますか」

 ペンネさんが心配そうに俺に聞いてくる。


「確かにここまで進行してますと少々難しいかもしれませんが治療はしてみます。

 食べ物を受け付けるようならば望みはあります」


「そ、それならば大丈夫です。

 旦那様は確かに食は細りましたが、商人は体力が勝負といつも口にしておりまして、今朝もわずかですが食事をとりました」


「でしたら、今からで結構ですので、これから私の言うものを食事として食べてください」

 俺はそう言うと、アイテムボックスから、使いかけのアポーのすりつぶしを取り出して目の前で食べてもらった。


 メイドたちが患者に食事の世話をしている間に俺はキョウカやムーランのそばにより少し話をしてみる。


「病気やケガを魔法で判別はできますか」


「はい、私はできます」

 答えたのはムーランだった。


「では、患者を見てもらえますか。

 その結果はどうなっておりますか」


「ご主人様の言われる通り『生き腐れ病』とありました」

「治療法はわかりますか?」

「いえ、その病は不治の病とありましたが……あれ、変ですね。

 前に同じ病を見た時にはそう判別できたのに、今は何もありません。

 あるのは病名だけですね」


 やはりそうか。

 知らなければ判別されないという訳か。

 それならば生き腐れ病とあるものに脚気と壊血病があることもわからないか。

 それに気にはなったのだが、他にビタミン不足から病気には今見ている患者のように骨軟化症もあるようだ。

 そういえば昔聞いたことがあるがくる病というのもあったが、これって骨軟化症と同じ病なのかな。

 あ、それと親せきの子の寝小便がどうとかで夜尿症という病気もあった。

 あの時聞いた時にビタミンAの不足で起こる病気だったとか。

 親せきの子は別に病気でも何でもなく、ただおむつ離れが遅かっただけだったが。

 ただビタミン不足で起こる病気って、他にもあるようだが俺の先生はさすがだ。

 なんでも知っている。


 キョウカやムーランにはきちんと教えておくか。

 俺の奴隷となったわけだし、別に病気の治療法を教えてもかまわないかな。


 どうにか患者はすりつぶしのアポーは簡単に摂取できるようだ。

 これならば数日で回復する兆しも見えよう。


「できる限りこのアポーのすりつぶしを食べさせてください。

 少しずつで結構ですから回数を増やすとかして」


「それで治るのですか」


「わかりません。 

 わかりませんが、少し前にも言っていたでしょ。

 体力勝負だと。

 病気は本来自分の体が治すものです。

 しかし、体力が無ければそれすらできずに人は死にます。

 アポーを食べさせることで患者は病気を治す体力と、病気を治す力のようなものを体の中に取り込みますから、私の見立てでは数日中に回復の兆しが見えるはずです」

「あの奴隷たちもそのようにして……」

 ペンネさんが思わず俺に聞いてきた。

「ええ、彼女たちは二日でほとんど治りましたけど、この患者さんは少しそれよりも症状が重そうなので、もう少しかかるかもしれません」

 俺はペンネさんに答えてから先生鑑定スキルを呼び出す。

 別に先生と呼べば来るでもないのだが、俺の中でそんな感じで意識を向けると、先生はしっかりと俺の期待に応えてくれる。


 しかしおかしな話で、先生が言うには骨軟化症はビタミンDが不足の病気だ。

 このビタミンは魚に多く含まれているはずだから港町ならばあり得ないとは思うのだが、それに難破による発症ならば余計に魚以外に食べ物なんかないはずなのだが、どちらにしてもまずは壊血病の治療だ。


 後で聞いた話だが、漂流中には干し肉くらいしか口にしてなかったらしい。

 水もかなり不足していたようで、発見が遅れていたならば壊血病でなくとも死んでいたようだ。

 患者さんは運がいいのか悪いのかわからないけど、その陰で俺はキョウカたちとムフフ…違った、縁ができたのだから、とりあえず俺にとっては運が良かったといってもいいのかな。

 まあ、それで喜ぶほど俺は不謹慎でもないけどな。


 この後は屋敷に部屋が用意されていたので、一旦部屋に入り休むことができた。

 正直この配慮はありがたかった。

 この町に来る時の船酔いは彼女たち二人のおかげでカッパー商業連合国に向かうときのようには酷くはなかったけど、それでも船酔いするたびに治療魔法をかけてもらっていたので、彼女たちにも負担をかけていたようだが、治療される俺にもそれなりのものがあった。


 部屋の中央に大きなベッドがあったので、俺は部屋に入るとすぐにダウン。

 揺れないベッドでしっかりと寝たこともあり、起きた時には頭はすっきりとしていた。

 人間の欲求に三大欲求というのがあるそうだが、そのうちの睡眠欲求を満たしたことで残りの欲求が頭をもたげてきた。

 幸い、食事時間まではまだ時間がありそうなので、さっそくとばかりに……


 確かに俺は近くにいたダーナたちにいたずらを始めたよ。

 しかし、始めたばかりでドアをノックされたのでとりあえずいたずらを止めた。


 俺はこの屋敷にスポンサーの縁者の治療に来ているのだ。

 スポンサーの要求を優先させる。

 俺は社会人だからそんな当たり前なことは当然できる。

 あの憎き主任たちとは違うのだよ。

 いかんいかん、まだ前世のことを引きづっていると、俺は少しばかり反省した。


「はい、どうぞ」

 俺は返事をしながらダーナたちに服装を直させる。

 息子もおとなしくさせることに成功しているが、とりあえずベッドの中にいたまま返事をした。

 するとドアをノックしていたメイドさんが俺たちを呼びに来ていた。

 なんでも患者さんは二回目の食事?を取ることができたので、とりあえず状況だけでも見てほしいとのことだった。

 当然俺には拒否するという選択肢などありえない。

 何せキョウカやムーランはすでに頂いてしまっている。

 彼女たちを美味しく頂いた以上、それ相応の仕事はしないとまずい。

 俺はキョウカやムーランを連れて患者の部屋に向かった。


 患者は寝たきりのままだが、スポンサーであるペンネさんと話していた。

 俺は、まず先生を呼び出して状況を確認するが、前と変わるはずもない。

 当たり前の話で、仮に特効薬のようなものがあってもそんな数時間で聞くような薬はない。

 せいぜい鎮痛剤のようなものしか目に見えて状況が変わるはずはないのだ。

 しかし、俺は医者のように患者たちに話しかけていく。


「こちらで指定した物を食べられたとか。

 どんな感じですか」

「あ、先生。

 さすがにすぐにどうこうというのはありませんが、気分的に違いますね。

 不治の病とばかり思っていたものですから。

 それが治るという希望があるだけでも違いますね」

「そうですね。

 私の国の言葉で『病は気から』というのがあります。

 絶対に治すという気持ちが強ければ強いほど治りが早いそうですよ」

「そうなんですか」

 そこから俺はもう一度患者に病気について説明をしておいた。

 横で聞いていたキョウカやムーランはまじめにメモを取っている。

 ダーナたちは……うん、平常運転中でわれ関せずの態度だった。

 どうもいたずらを途中でやめたのがお気に召さなかったのかな。

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