第131話 奴隷の身嗜み


 

 それにしても確かに目の前で見た魔法はすごかった。

 正直いくつかの魔法をこの目で見てきたが、ヒールは今まで見ることが無かった。 

 幸いというか、俺はこの世界に来てから大けがなどしたことが無く、また、怪我人を目の前で治療する聖職者にも会ったことが無い。

 初めてフィットチーネさんたちに会った時には盗賊たちに襲われていたセブンさんたちがいたけど、治療はモリブデンに戻ってから教会で行われたようで、俺は見ていなかった。


「どうです、キョウカだけでなく、このムーランも同様にヒール魔法の使い手なんですが」


「レイさん、どうしますか」


「私はお二人を十分に気に入りましたので、お願いしたいのですが……その予算がいかほどかと」


「お金の心配は無用です。

 病院へ出資する話になっておりますし、私どもの方で購入いたしますから」

「それでよろしいのですか」

「ええ、初めからのお約束ですから。

 ですが、彼女たちのご主人はレイさんになってもらわないといけませんので、奴隷の手続きはお願いしますよ」

 どうもお二人とも俺がもらえるらしい。

 そのように聞かされるとがぜんまた俺の息子が騒ぎ出したが、流石にそれは無いだろう。

 彼女たちはあくまで病院スタッフだ。 

 これくらいの思慮は俺にもまだある。

 いつまで持つかは不明だが、今のところかろうじて常識人としての思慮は無くなっていないらしい。


 ここで急に俺の先生が、『時間の問題だ』と鑑定結果を知らせてきたが余計なお世話だ。


 その後は、すぐにいつもの手続きが始まる。

 購入のための支払い後に奴隷の登録を始められた。

 俺もそうだが、一緒にいる二人は仕事柄慣れたもので、スムーズに手続きも終わり、その後の話になる。


「お二人の所有権は移りました。

 数日ならばお預かりいたしますが……」


 要は、彼女たちをこのまま連れていくかを聞かれたので、俺はお二人の許可を取って連れていくことにしてもらった。

 カッパー商業連合に到着したその日のうちに目的が果たされてしまった。

 すぐに帰る予定にはなっているのだが、流石に今日明日帰るわけではない。

 それこそ毎日のようにここからならばモリブデンに行く船は出ているが、二人が信用を置いている船については、四日後の出発になっている。

 なので、それまでの間、この港に滞在する予定だ。

 今日明日は奴隷を探す予定を組んでいたお二人は、ついて最初に向かった奴隷商で、話が済んでしまい、その後については自分たちの商売のために時間を使うようだ。

 なので、ここからは自由行動となった。


 流石に宿はこの町一番の高級旅館を押さえているので、一旦宿に向かい、昼食後に解散となった。

 さすがに、気持ちの悪さは先の奴隷商で煩悩により打ち払われてはいたが、それでもすぐに昼飯を楽しめるまでには回復していない。

 お茶に軽食を一口二口食べて、この場を離れた。


 さてどうしよう。

 普段連れているナーシャやダーナだけならば、町ブラも楽しめそうだが、初めて会う二人の奴隷も一緒だと、ちょっと気まずい。


 ……あ、彼女たちにも服をそろえないとまずいか。

 病院経営が始まるので、それなりの格好というのがある。

 二人のナース服姿を想像しながらにやにやしていると、ナーシャが不思議そうに俺を見ている。


「ご主人様。

 この後どうしましょうか」

 キョウカは俺の心の声が聞こえたのか俺に声をかけてきた。

「ああ、まずは君たちの服でも買わないとな」

「「え?」」

 あれ、驚かれたようだが……そういえば俺が奴隷を買うとまず身の回りを買いそろえることから始めているが、その時には皆同じように驚いていたような気がする。

「服は今着ておりますが……」

「一着では足りないだろうし、何より君たちは治療をするために俺の下に来たのだ。

 まずは清潔にしておきたい」

「清潔?」

 え、清潔の言葉で驚いているぞ。

 ひょっとして俺の中の翻訳こん…ゴホン、とにかく俺の日本語を現地語に変換しているものがエラーでも起こしたのかな。

 通じてないことはないとは思うが、ここは一応聞いておこう。

「清潔って聞いたことはないかな」

「ハイ、なんとなくですが意味は予測はついておりますが、使ったことが無いので」

「ああ、でもこれからはちょくちょく使うようになるから覚えてほしい。

 君たちは患者の治療をするためにいるから、常に身の回りはきれいにしておかないといけない」

「ご主人様、それは理由があるのですか」

「どの商売でも同じだが、体が臭かったりしたら、お客は嫌がってこないだろう。

 それに何より病気などの治療を望む者たちは不潔な場所での治療は嫌う。

 俺なら絶対にそんなところにはいかない」

「匂いについては理解できますが、服の汚れも嫌いますか」

「ああ、貴族相手ではないが、それでも金を持つものを相手にするからな」

「あ、ですが服の汚れも私は魔法できれいにできますが」

「え、魔法できれいになるのかな」

 ここで、そのあたりの魔法について二人に教えてもらった。

 クリーンという名のなんとも安直な名前の魔法で、一般的に生活魔法の部類に入るらしい。

 ほかにも生活魔法というのがあるらしいが、聞くところによるとどれも攻撃魔法の劣化版のようだ。

 具体的にはファイヤーアローの劣化版の着火などだ。


 まあどれも使い勝手のよさそうなものばかりなので、俺が使えるようならば教えてもらうが、今は彼女たちの件が先だ。

「ああ、きれいにするだけならばそれもいいだろうが、それでもみすぼらしくはなるだろう。

 商売人ならばそれを避けたい。

 まあ、俺の贅沢だと思ってもらってもいいが、俺は従業員にはきれいでいてもらいたいと思っている」

「そうなのですよ。

 ご主人様は常に私たちのことを考えてくださいますから、ここはご主人様に従ってください。

 決して悪いようにはなりません。

 それどころかどこぞのご令嬢になったかと錯覚するようないい気持にさせてくださいます」


 ご令嬢とは言いすぎだと思うがダーナはいつもそんなことを考えているのか。

 まあ、俺のことを嫌っていないのだけわかればいいだけなのだが、好いてくれるのならば今晩も頑張ってみよう。

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