第120話 廃棄寸前 病持ちの奴隷

 

 これなら俺が買えるのでは。


「フィットチーネさん。

 うちには風呂もあるし、彼女たちの治療をしてみたいので引き取れませんか」

 俺は小声でフィットチーネさんに聞いてみた。


「レイさん。

 もし奴隷が死ぬようでしたら、処分に金はかかりますが」


「ええ、それくらいなら別にいいですよ。

 それに処分って、死んだあと教会にでも持っていけばいいのですよね。

 私のところにはアイテムボックスもありますし、運ぶのも手間ではありませんから」


「ひょっとして、先に話に出た奴隷商のことに負い目を感じているからでは」


「いえ、ただ興味が出ただけなのです」


「わかりました」


 フィットチーネさんはその場で件の奴隷商と交渉を始めた。

 なんと、引き取り費用まで貰い奴隷たちを引き取った。


 流石に病人を同じ町にあるとはいえ決して近くとは言えない俺の店まで歩かせるわけにもいかず、フィットチーネさんの馬車で送ってもらった。


 店につくと、店の中から驚いたように女性たちが出てきた。

 そりゃ驚くよな。

 確かに小汚い痩せぎすのしかも病人が三人も俺に連れられて店の中に入ろうとしていれば。


 俺は馬車から降りてフィットチーネさんにお礼を言ってから別れた。

 馬車を汚してしまい申し訳なく思いながらもその場は別れた。


「ご主人様。

 その方たちは……」

 みんなを代表してかカトリーヌが俺に聞いてきた。


「新たな仲間だ。

 悪いが誰か彼女たちを風呂に入れてくれ。

 俺はその間に治療の準備でもしておく」


「ですが、ご主人様……」


「ああ、問題無い。

 彼女たちは病気を患ってはいるが、なんと言ったか『生き腐れ』とかいう病気で他にうつらないから安心してくれ」

 そこまで言ってから俺は声を潜めて「大丈夫、俺には『生き腐れ』病なら治せるから」というと安心したのか彼女たちを奥につれていく。


 俺は彼女たちを預けてからフィットチーネさんに向かって話を始めた。


「試してみたい治療があるのですよ。

 私がいた村で、かなり昔に治療したことがあると村の古老から聞いたことがあります」


「レイさん。

 それが本当ならとんでもないことになりますよ」


「そんな予感がしたから、あの時に話さなかったんですがどうやら正解のようですね。

 もし、もしもですが、彼女たちが治れば私の奴隷として登録できますか」


「そうですね。

 少し難しいかも入れませんが、どうにか……どうでしょう。

 その治療法を私に教えてもらうことは、それが難しければレイさんに今後その治療を頼むことは可能でしょうか。

 いえいえ、ただとは申しません。

 それなりの金額をお出ししますが」


「ええ、可能ですが……そうですね。

 まあ、彼女たちの様子を見てからにすることは可能でしょうか」


「どれくらいで治りますか」


「症状が変わるのに10日もかからないかと。

 ただ、完治まではそこそこかかる覚悟はしていますが」


「10日ですか……

 わかりました。

 ですが治療の見込みがありそうだということだけは先の奴隷商に話しても良いですか」


「ええ、問題ありません。

 ですがそのせいで、彼女たちを取り上げられるのは困りますよ」


「そこは任せてください。

 きちんと交渉しますから。

 でないと奴隷登録が難しいものですしね」


 よくよく話を聞くと、先の取引はむくろの処理として扱われているらしく、生きた奴隷扱いされていないとか。

 なので、もし治療が終わった彼女たちを見られたらややこしいことになりそうだと言われた。

 確かに所有権は俺にあるらしいのだが、あくまで取引は躯、言い換えれば死体扱いだ。

 まだ彼女たちは生きているので死体扱いは酷いと思うのだが、奴隷として価値なしと扱われているので、処理費用までもらっている。


 俺の感覚では、死体扱いされた奴隷の処理が治療しただけだと思うのだが、当然元の所有者からしたら詐欺にでもあったような気になることは容易に予想がつく。

 考えなくとも気持ちはわかる。

 同じ商人として、金を使って仕入れた奴隷が病で無価値になり、しかも処理に別途費用まで掛かる。

 その損をしてまで処理した奴隷が、知らないところで商品として十分に使えるようになっていれば、損した気分だけでは収まらない。

 詐欺にでもあったとしか思わなくなっても不思議はない。


 そうなると貴族などを使って色々と圧力をかけてきたり、それなりの筋の人を使って暴力に訴えても取り返してこないとも限らない。


 フィットチーネさんが言うには、治療ができそうなことを先の奴隷商に内密に伝えて今後の治療も引き受けることで商談をまとめてくると言っていた。


 同じ奴隷でも社畜という奴隷はいたが、この国のようにかなり守られた状況での奴隷などいない世界から来た俺にはフィットチーネさんに任せるしかないが、なんだか大事になりそうなので不安になってきた。


 俺はフィットチーネさんと別れて店の中に入っていった。

 町は祭りでどこも大忙しなのだが、幸いというべきか王都から全員を連れて戻ってきた俺たちには人手に余裕がある。


 あの病気持ちの三人は今王都から戻ってきたカトリーヌ母娘に任せている。

 彼女たちは、王都組全員で今入浴中だ。

 貴族の館に勤めていたメイドたちも久しぶりの広々とした浴室で非常に喜んでいる。

 彼女以上に騎士爵であったスジャータたち三人は最初風呂を目の前にして固まっていたらしい。

 覗いたわけでないので伝聞になるが、貴族の端くれにいた彼女たちは当然風呂の存在は知っているようだったが、見たのは初めてだったというのだ。

 どうも、この世界かなりの金持ちでない限り風呂には入れないらしく、騎士爵程度なら絶対に風呂は持たない。

 魔法使いは例外のようだが、それでも魔法使いが風呂に入ろうとするにはかなりの無理が必要で、まず魔法使いでも風呂には入らないのが普通だそうだ。

 貴族や金持ちたちは、風呂に入るには魔法使いを複数いなければ風呂は準備できない。

 何せ、水魔法の他に火魔法の使い手も必要になるからだ。


 ちなみに、俺の知る限りモリブデンの高級娼館には娼婦たちのための風呂を持つところもあるが、どこも例外なく冒険者ギルドから複数の魔法使いを呼んでいる。

 毎日風呂が使えるようにと魔法使いの奴隷を用意しているフィットチーネさんのところが異常なだけだ。

 それだけ湯舟を持つ風呂がこの世界では珍しく贅沢な存在なのだ。

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