第110話 戻る日常

 

 売れないかもしれないが、それでも店に来る女性客は喜ぶだろう。 

 まあ、月に一つでも売れれば御の字か。


 早速今日からカウンターの棚をかたづけ、石鹸を置いてみた。

 早速注目を浴びたが、流石に直ぐには売れなかった。

 当たり前か。

 何せ金貨で20枚だ。

 そうそう売れてたまるかって、俺は何を力を入れて言っているんだ。


 カトリーヌには売れたら補充するようにと俺の持つ香り付きの石鹸のうち10個ばかりを預けて、モリブデンに帰っていく。


 モリブデンの店は暁さん達がしばらくは警戒してくれているので心配はしていないが、それでもあまり店を空けたくはなかった。


 それでも、帰りはいつものように狩りをしながら海では塩の材料となる海水を補充して帰っていく。


 モリブデンに帰ると商業ギルドから呼び出しがあった。

 あの件の捜査が終わったとかで、主任は受付嬢と共にギルドから放逐となっていた。


 彼らはしっかり問題の多い商店から袖の下を貰ってのことだったようだ。


 で、その問題の多い商店だが、一つではなく、数店あったようで、その数店共に領主様に直々に調べて頂いたようで、その問題の多かった店もモリブデンから追放処分となったと教えてもらえた。


 流石に財産没収とまではいかなかったようだが、急ぎの沙汰のために足元を見られて、かなりの物が二束三文で処分されたとか。


 それにしても財産没収の上奴隷落ちでは無いとはいえ、厳しい沙汰が出たものだと思っていたら、ギルド長は声を潜めて教えてくれた。

 その問題の多かった店は、どうも闇ギルドでも作っていたようだ。

 あ、いや、正確には闇ギルドをモリブデンに作ろうと準備をしていたようだ。

 その資金源と勧誘の旨味の一つとして俺のポテトチップスや唐揚げ、それにポンプなどを狙っていたようで、ポテトチップスと唐揚げについては俺の処置が良かったのか、利用されずに済んだのだが、俺のいないうちにポンプだけはしっかりと利用されてしまった。


 しかし、そのポンプの納品先はギルドを通していた関係で、しっかりとつかんでおり、闇ギルド関係で要注意の店としてギルドも領主の方も今後はしっかりと監視をしていくという。


 利用されたことについては、はっきり言って面白くはないが、危なそうな店をあぶりだすという効果はあったようで、モリブデンの治安に貢献できたことで、良しとしよう。


 商業ギルドは、もうしばらく暁さんに店の警戒を続けてもらうようだが、様子を見て近いうちに俺の店を警戒する依頼の方は打ち切るそうだ。


 王都の出店も、いち段落してやっと俺にも日常が戻ってきた。

 確かにモリブデンを一月以上空けていたために問題を起こしていたようだが、その問題も領主の介入までして落ち着くところに落ち着いたから、実害はそれほどなかった。


 いや、商業ギルドよりお詫びとして金貨で20枚も頂いたが、俺の金銭感覚がおかしいのか、正直微妙だった。


 令和の価値で200万円だからお詫びとしては破格なのだろうが、王都で石鹸の販売価格を同じ金貨20枚を設定していたので、石鹸一つ分か。

 石鹸一つだと年始の挨拶にもこれでは寂しいとすら思っている自分が怖い。


 日常が戻ったということで、俺の生活はまた王都とモリブデンとの間を冒険という名の採集と狩りをしていく。

 俺は狩りにあまり興味は無かったのだが、二人は、特にナーシャが趣味と化している。

 魔物を狩っていくとレベルが上がるのがうれしいらしい。

 ダーナもレベルアップを楽しみにしながら二人で嬉々として魔物を狩っている姿は正直あまり見たいとも思わない。

 二人とも女性としての魅力が他を圧倒するくらいに持っているのだが、そんな彼女たちが血まみれになりながら嬉々として魔物を狩る姿って、もうホラーでしょ。

 まあ、そんな彼女たちも最近は慣れたようで、ほとんど血まみれにすらならずに、彼女たちの周りにむくろが積みあがっていくが、それだって、正直怖い。

 でも、それが俺の日常の一コマだから、気にせずに仕入れに王都に向かう。


 王都の店に顔を出すと、まだ昼前だと云うのにもかかわらず、店の方は忙しそうだった。

 俺はすぐにナーシャとダーナと一緒に手伝いに入る。

 なぜか午前中は男性客の方が多いような気がするが、後で聞くと昼の食事前から店に入り酒を頼みながら昼時間まで待つ客は最近増えてきていると云うのだ。

 まさか昼前から酒を飲むとは思ってもみなかったので、午前中はつまみも出していないのだが、茶請け用に出していたポテトチップスをつまみに飲んでいるとのこと。


 確かにポテトチップスならつまみにはいいだろうが、どうしたものかな。

 利益率から言うと、下手につまみ料理を出すよりもいいので、そのままとして置いた。

 儲かる分には何ら問題がない、というよりも儲けこそ正義だ。


 昼の一番忙しい時間が終わると、ここもいち段落が付き、半分ずつ交代で休憩に入る。

 カトリーヌと一緒に休憩に入りながら、店の様子を聞くと、売り上げも利益も順調のようだ。


 しかも絶対に売れないだろうと思っていた石鹸も流石に毎日とはいかなかったようだが、週に1~2個は売れると云うのだ。

 既に5つ売っているというからそれだけで金貨で100枚分の売り上げをあげている。


 絶対に売れないとばかりに思っていたものが、週に数個も売れている事実が怖い。

 さすが王都だけあって、いわゆる上流階級っていうところには金があるものだ。

 うちの店にはその上流階級の人たちが集っている話だ。

 しかも、石鹸を買っていくお客は新興の金持ちから貴族もいるらしい。


 で、その貴族だが、上流に属してはいるがそこまで自由になる金を持たない部類の貴族もいるようで、毎日のようにもう少し価格の安い石鹸は無いかと問い合わせがあるとか。

 短い時間だが手伝っていた俺にも問い合わせが入ったくらいだ。

 まあ、新興の金持ちは本当に金を持っている人たちばかりだが、貴族となると派手に金を使える人の方が少ないらしい。

 とにかく付き合いに金がかかるとかで、趣味に使える金額が限られてくると聞いた。

 そんな貴族相手でも商売をしていけるようにしていかなければならない。

 商品のラインナップを増やそうかとは思っていたのだが、そう簡単に増やせるものでもないし、今ある商品を使うしかない。

 流石にここではあの獣臭い石鹸、いや、うちのはポテトチップスの匂いの強い石鹸だが、それは売りたくはないが、無臭の物ならば売っても良いかもと思い、試しに置いてみることにした。

 当然ぼったくり価格でだ。

 モリブデンでの店頭販売価格が金貨で5枚だから、王都なら10枚で売ることにした。

 流石に金貨で10枚なのだから、そうそう売れる筈もないが、既に金貨で20枚の石鹸が5個も売れているというから、今手持ちの半分だけ置いていくことにした。

 手持ちで50個持っていたので25個置いていく。

 ついでに高級品の方も15個置いていく。

 手持ちで30個もあったため、こっちも半分置いておく。

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