第104話 ご挨拶
「ええ、私自身この国で商売を始めてまだ間がないのですよ。
モリブデンでもフィットチーネさんにお世話になりっぱなしなもので、正直王都での商売に不安はあります。
何より私は拠点を移すつもりもないので、王都の店は私のところで働いた女性に任せることになりました。
開店前には彼女と挨拶に伺いますが、まずは、先ほど従業員と一緒に店に入ったことの報告と、あとはバッカスさんの云われるとおりに何かあったら面倒を見てもらえないかと」
「なんだ、そんなことか。
わしは初めからそのつもりだったぞ。
本当は王都に拠点を移してもらいたかったが、レイさんもそうもいかないだろう。
モリブデンのフィットチーネさんのこともあるしな。
そうそう不義理は出来ないことくらい理解している」
「ありがとうございます。
一応、そのフィットチーネさんと繋がりのあるドースンさん宛ての手紙を持たせてくれていますし、後ろ盾についてもドースンさんにも頼むつもりですが」
「俺一人でも問題ないのだがな……
まあ、レイさんの方でも色々とあるだろうからわかるが、俺がとやかく言うことではないな。
ああ、わかったよ。
俺は最初からレイさんを全力で応援するつもりだったから、それに何よりご近所だし、遠慮無く何でも言ってくれ」
「ええ、ありがとうございます。
ですので、今日のところは挨拶まで。
明日、店長と一緒にお伺いしますから、午前中から大人遊びは遠慮してくださいね」
「バカ言え、今は忙しんだ。
ドースンほどではないが、王都でも娼館がものすごい勢いで変化しており、それにつれて酒も飛ぶように売れて遊ぶ暇もないくらいだ。
だからこそだ。
モリブデンの娼館で女性たちは楽しめなくとも、せめて食い物だけはおいしいものを食べたい。
悔しいがモリブデンは食い物だけは王都以上だ。
娼婦も王都と比べても遜色ない。
いや、至宝がモリブデンにいるだけで、モリブデンの方に軍配が上がるというやつすらいるからな」
「そこまで評価していただけると、いくばくかモリブデンの娼館と取引のある私としてもうれしくはありますね。
忙しいとこ、長々とお邪魔してもあれですから、明日、店長を連れてきますので少しばかりお時間を頂けますか」
「ああ、明日なら時間をレイさんのために空けておこう」
「ありがとうございます。
では、また明日お邪魔します」
バッカス酒店を出てから、すぐにドースンさんの店に向かう。
フィットチーネさんから預かった手紙を渡して、後ろ盾を頼むためだ。
店の前に来ると、すぐに門の前にいる人が俺たちのことを覚えてくれているのか、中に入れてくれた。
しかも、家宰の人まで呼んでくれる。
これは完全にルーチンとなっているようだ。
俺としては、そのまま主人のドースンさんに取り次いでもらいたかったのだが、あの人はさぼりがちだから、店にいないことが多いためなのか。
だったら俺の店でも同様の……考えるのを辞めよう。
「これは、レイさん。
いらっしゃいませ」
「ええ、またお世話になります。
で、ドースンさんはきちんと働いてますか」
「ええ、最近は店にいて、働いていることが多く、助かっております」
俺と家宰とで世間話をしていると、ちょっとばかり不機嫌そうな顔をしながらドースンさんが入ってきた。
「レイさん。
なんだよ、『きちんと働いていますか』って、それじゃいつもは俺が働いていないように聞こえるのだが」
「ええ、私が訪ねてくるときの半分くらいは娼館に行っていると聞いていたような」
「それは、レイさんがここに来るのが遅いだけだろう。
いい男って夜はきちんと遊ぶものだろう」
きちんと遊ぶって何だよ。
まあ、勝ち組のドースンさんなら言いたいことは分かるが、俺なら愛妾でも囲えばいいのにとも思わなくもないが、ドースンさんっていまだに独身だったような気がするが、果たしてどうなのだろう。
「それは失礼しました」
「して、レイさん今日はなんだ。
また訳アリを買ってくれるとか」
ドースンさん、自分で認めたよ、俺に訳アリ押し付けたことを。
まあ、俺も買う間に十分に説明を受けての商談だったから騙された訳ではないけど、まあいいか。
「いえ、今日は王都で店を開くためのご挨拶に伺いました。
これをモリブデンのフィットチーネさんから預かっております」
俺はそういうと、フィットチーネさんから預かった手紙をドースンさんに手渡した。
でも、ドースンさんはすぐにそれを読むことをせずに俺との話をつづけた。
「ああ、内容は想像がつく。
俺にレイさんの後ろ盾として世話でもしろというのだろう。
端からそのつもりだったけど、レイさんのことだ、バッカスのところにも頼んだのだろう。
そういうのは俺よりもバッカスの方が向いているしな」
「ええ、ここに来る前に寄りましたから。
それに何よりバッカスさんには店まで世話をされては挨拶しないわけにもいきませんよ。
それになにより、店からバッカスさんの店がよく見えますしね」
ドースンさんは手紙の中身を確認しながら話を続けてきた。
王都での後ろ盾といっても、その存在意義としては同業などからのトラブルについての調整がほとんどだ。
俺の場合は飲食業だから、割と関係する同業者は多そうだが、それはバッカスさんも同じで、ドースンさんはそのあたりを言っているようだ。
ただ気になる話として、ドースンさんは王宮とも直接取引のできる奴隷商としては王都でも大店に入るようだが、それでも、若い?経営者というのもあって、割と奴隷商の顔役連中からすると少しばかり下に見られている。
何せほかの奴隷商から訳ありを押し付けられるくらいだからな。
そこに行くとバッカスさんは酒問屋としては王都でも一、二を争うくらいの大店で、本来ならば商業ギルドで理事などをしないといけないくらいの力を持っている話だ。
でも、彼はドースンさんとの娼館通いに忙しいらしく、そういう面倒ごとは一切引き受けていない。
それでも、彼の人脈は相当なものだから、困ったことがあればまずバッカスさんを頼れとアドバイスをくれた。
あのおやじ、ただのスケベ爺じゃなかったんだ。
まあ、王都でも指折りの老舗とは聞いていたけど、実際に会うと絶対に老舗の主人とはかけ離れたイメージしかない。
とりあえず、お二人の援助も期待できそうで、王都での商売もどうにかなりそうだ。
「前にも聞いたけど、王都では飲食をやるんだってな」
「ええ、モリブデンでは卸しかしておりませんでしたけど、こちらでは飲食の方がいいと、あのバッカスさんが……」
「あいつの云うことを聞いたのか。
あいつは自分が食いたいだけだろう。
でも、それもありか。
卸はしないのか」
「はい、配達するにも人手も足りそうにありませんし、私が王都にいる時間も限られますから、どうしても従業員を外には仕事で出したくはないのです」
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