第93話 手押しポンプはやはり難しい

 

 俺が店に入った時はそんな状態だったようだ。


「あら、レイさん。

 おかえりなさい」


「ただいま戻りました、マリーさん。

 フィットチーネさんたちは戻っては……来てませんよね」


「ええ、昼は奴隷たちの取引が盛んに行われますし、夜には……ね~」


 夜の行動については家宰さんも語尾を濁した。

 主人たちの大人遊びについて、いろいろと不満も溜まっているのだろう。


 俺は地雷を踏みぬく寸前で留まったようだ。


「この後どうしますか」


「私も、今日は終わりにしますので、一緒に宿に戻りましょう」


「彼女たちは……」


「うちのはここに預けますが、レイさんのところはどうしますか」


「ガーナまで預けるわけにもいきませんし、あそこなら部屋にも余裕があるでしょうから一緒に連れていきたいのですが」


「彼女の登録ですね。

 奴隷紋まですべて終わっております。

 請求は明日させていただきますが、お連れしても何ら問題はありませんよ」


 家宰さんはすべてを済ませてくれていたようだ。


 俺はお言葉に甘えることにして、みんなを連れて王都では定宿と化しているいつもの宿に向かった。


 前にサリーさんと来た時と同様に、その夜もちょっと大変だった。


 サリーさんも、ナーシャやダーナが加わることをはじめから考えていたようで、そのまま三人で大運動会だった。


 ガーナに今日仲間に加えたドワーフの少女は別室で休んでもらっている。

 ちなみに、彼女の名前はサツキという。

 彼女たちの祖国は、日本のような所のようだ。

 マリーさんが買った黒髪の女性も彼女たちの祖国では珍しくもないとか。


 そのうち行ってみたいとは思うが、まずは商売を安定させないとまずい。

 ちょっと風呂作りに夢中になったくらいで、危うく商売に穴をあけるような状態ではなかなか遊びまわるわけにもいかないだろう。


 マリーさんとは、本当に久しぶりだったこともあり、その夜はちょっと大変なことになっていた。


 マリーさんにつられたわけではないだろうが、張り合うようにナーシャやダーナまでもが弾けていた。


 ここの宿は防音もしっかりして安心だとばかりに大声をあげながら楽しんでいたが、俺たちはちょっとした思い違いをしていた。


 隣に宿泊する人たちには、そうそう声は漏れていないが、同じところに泊まる分には違った、


 それもそうだ。

 何せ隔てるものと云ったら扉が一枚あるだけだ。

 それで声が漏れないことなんかあるはずがない。


 当然別室で寝かされているドワーフの女性二人はたまったものではない。


「あの~、ガーナさん」


「え、サツキさん。

 何?」


 突然、サツキから声をかけられたガーナは焦りながら返事を返した。


 それもそのはずだ。

 あの声に悩まされて、ついに我慢しきれずガーナは自身で慰めていた最中だったのだ。


 顔は真っ赤だっただろうが、幸いに部屋は暗く、サツキにはバレていない……かもしれない。


 返事の声が裏返っていたから、顔色など確認しなくと同じ女性なら簡単にばれてしまう。


 ましてや、ドワーフ族という同じ種族だ。

 これが、エルフや獣人、いや人族であっても、簡単にばれるだろうが、そこは種族の違いだからという言い訳がかろうじて通じる…かもしれない。


「あの~、あちらの……」


「サツキさん。

 気になさらなくてもいいですよ……って無理か。

 ですが、私たちは呼ばれていませんから」


「え、私たちも混ざらなくてもいいのですか」


「ええ、ご主人様から命じられていませんし……

 私、最近ご主人様の奴隷になりましたが、とっても、数日前とかではないので、かなりのところご主人様の性格は分かってきております。

 そのご主人様は、私たちが望まない限り、呼ばれることは無いのでは。

 私は、悪い男に騙されての奴隷落ちでしたので、経験が無い訳ではないのですが、私を買うときに、そういうことを条件にしていませんでしたし、ご主人様はそういう部分を律義に守りますよ。

 サツキさんを買われるときにも、言われていませんよね。

 でしたら私と同じだ。

 それに、サツキさんは、失礼を承知で言いますが、その、経験の方が……」


 サツキは乙女だ。

 無理やり暴行をされそうになって、取り乱して相手に怪我を負わせて奴隷落ちしたくらいだから、そこをガーナに見透かされたのだ。


 サツキはガーナに言われたことに動揺して慌てている。


「その、本当に混ざらなくても……

 私は一般奴隷として買われましたが、ご主人様は私のことを知って買っていますよ。

 私が、犯罪奴隷だということを。

 私でも承知しております。

 犯罪奴隷は、そういう扱いを受けるものだと」


「私は、正真正銘の犯罪奴隷ですよ。

 それでも、ご主人様から理不尽なことは言われませんね。

 ……あ、一つだけ言われましたっけ」


「え、何ですか」


「私に、鍛冶仕事をしてほしいと。 

 どうにかパイプは作れましたけど、ご主人様の望まれるような難しいのは……ちょっとね。

 さすがにあの時は『無理です』とお断りしましたけど」


 そんな感じで、すぐ隣で、大声を出しながら楽しんでいる俺たちの声を紛らわすように二人は夜遅くまでお互いのことについて話していた。


 結局、二人は俺が三人相手に果てるまで頑張って話をしていたようだ。


 翌日は、みんなが寝不足で、やや遅めの朝食をとってドースンさんの店に向かった。



 さすがに午前中はドーズンもフィットチーネさんと一緒に店にいた。

 フィットチーネさんは、目的の仕入れを昨日中に済ませていたようで、しかも今回は仕入れた女性たちの程度もよく、すぐにでも移動できるとあって、その日のうちに王都を発つことになった。


 王都の建国祭はまだまだ続いていくようなのだが、移動で混む前にモリブデンに戻りたいようだった。

 はっきり言って、俺もそれほど暇ではない。

 急ぎバッカスさんのところに行って仕入れを済ませてフィットチーネさんを追いかけるようにモリブデンに戻っていった。


 モリブデンに戻るとすぐに、手押しポンプの制作に取り掛かる。

 本当に簡単なラフ図を描いて、サツキに見せるが、どうもサツキの表情は思わしくない。


「ご主人様。

 本当にお買いいただいた時に大口をたたき申し訳ありません。

 見せていただいておりますこれですが、そう簡単に作れるものではありません。

 ……

 そうですね。

 大きな筒をいくつも作り繋げて……いや、接続箇所の強度が、それなら、大きな塊から削り出すとしても……」

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