第69話 石鹸
「ああ、その辺りは問題は無いよ。
本当は身請けできそうなのが居たらと考えて用意していたから」
このおやじ、本当にスケベだ。
自分を棚に上げていることは自覚しているが、だから気が合うのかもしれない。
ドースンさんとバッカスさんの突然のモリブデン訪問騒ぎも終わり、落ち着いた時間が戻ってきた。
尤も今回はドースンさんよりもバッカスさん一人が騒いでいたようなものだったが、当分仕入れの必要も無いので、本腰を入れて石鹸造りに取り掛かれる。
しかし、あれから色々と試しているが、なかなか固まった石鹸ができない。
絶対どこかにノウハウのようなものが在って、それが漏れてこないからいつまでたっても石鹸は高価なままなのだろう。
俺にはそのノウハウが無いから自身で見つけるしかないが、それがなかなか手ごわい。
現代人知識を生かしてチートで一発って感じにはならないものかな。
ネットでは簡単に検索できる内容なのに、どうして固まった石鹸ができないのか。
そう言えば前に見た時には一々灰から石鹸を作ってはいなかったような。
そうだよ、油に強アルカリを加えて作るのが手作り石鹸だったと、動画サイトで見たことがある。
その時に使ってのは苛性ソーダだったような。
これは薬局などで手に入るが、身分証明などが必要な感じで簡単に買えるものではなかった筈だ。
この世界ではどうなんだろう。
苛性ソーダって買えるのかな。
というか、苛性ソーダって何だ。
昔学校で教わったような気がするが、あ~~~、苛性ソーダって水酸化ナトリウムの別名だったよな。
水酸化ナトリウムって、確か食塩水からも作れたような。
そうだよ電気分解で塩酸と水酸化ナトリウムを作る実験を理科の時間でしたことがあった。
なら俺でも作れる……そもそも電気ってどう作るんだ。
この世界ならそこからだ。
そんな時に閃いたものが在る。
試しにアイテムボックスを使ってみると、なんと簡単にできてしまった。
早速できた水酸化ナトリウム溶液を熱した油に加えて……ほらできた。
実に簡単にできるじゃないか。
俺ができたばかりの石鹸を手に取って喜んでいると、店の方からマリアンヌが俺を呼びに来た。
「ご主人様。
あ、それはなんですか」
「ああ、これか。
これは今作ったばかりの石鹸だ」
「え、石鹸って作れるのですか。
正直、私は石鹸を今まで見たこともなかったので」
この時代の石鹸って転生物の定番でもあるが、非常に高価なもののようだし、ある程度広まってはいるようでもある。
田舎から出て来た、いや、マリアンヌは他国ではあるが町で商売をしていたこともあるので、知っていたのかもしれない。
そんなマリアンヌですら見たこともないというのだから、扱いには注意を要するが、儲けも期待できる。
「それよりも、俺に用か」
「あ、はい。
油を替えたいのですが、一応お声を掛けた方が良いと母が言うのもで」
「そうだな。
俺がいる時くらいは危ない作業は俺の方でやるのが良いだろう。
居ない時にはやむを得ないが」
本当はできればやって欲しくは無かったのだが、ポテトチップスの増産を始めてから油の傷むのも早くなった。
前は俺が王都に往復するくらいはどうにか代えずに済んだようだが、最近では4日ごとに交換している計算だ。
当然、俺が間に合うはずもなく、その辺りは全てカトリーヌに任せている。
今回は俺が中庭にいることが分かっているので、声を掛けて来たのだろう。
俺はマリアンヌと一緒に中に入る。
「いい感じでの交換だな、カトリーヌ」
「はい、前にご主人様に教えていただきました通り、色が濃くなりだしましたので交換しようかと」
「熱いから、俺がしよう。
カトリーヌ達が交換するときは、急がないから油が冷えてから行うように、それだけは徹底してくれ。
別に、急ぎ納品しないといけないところは無いのだから」
「はい、前に言いつけられた通り、油が冷えるまでは交換しておりません」
俺は、もう一度安全について徹底するように一言添えて、油を傍にある壺に入れて行く。
素焼きの壺なので、油が熱くても割れることは無いのだが、熱い油を入れれば当然素焼きの壺の表面も熱くなる。
そこで俺は閃いた。
ポテトチップスも生産を任せているので、近い将来石鹸の生産もお願いしないといけないから、この油を使って一度みんなに作らせてみよう。
熱い油を扱うので、大人組から始める。
「ちょうど良かった。
次の油が温まるまで、ちょっと俺に付き合ってくれないか」
「ええ、分かりました」
その前に、ここに誰も居なくなるのもまずい。
「マリアンヌ。
悪いが油の面倒を見てくれないか。
外で、交代しながら試してみたいものが在る」
俺は娘のマリアンヌに油を頼んでから外に出た。
「私たちは何を」
「ああ、せっかく熱い油があるので、石鹸を作ってもらおうかと」
俺はそう言いながら、一度みんなの前で石鹸を作ってみる。
油を熱する必要がないので、小さめの容器に小分けした油を入れて、かき回しながら苛性ソーダを混ぜて行く。
ある程度の粘性が出たところで、冷やすためそのまま放置だ。
「こんな感じで作業してみてくれ。
成功するとこんなものができる筈だ」
俺はそう言いながら先ほど作った石鹸をみんなに見せる。
「ご主人様。
それって……」
「ああ、石鹸だ。
うちの商品にしようかと考えている」
やはりだ。
カトリーヌは驚いていたが、ユキとレンはきょとんとしている。
彼女たちは田舎から出て来たばかりだったので、石鹸を知らない。
説明が面倒なので、俺は構わずカトリーヌに今の手順通りに石鹸を作らせた。
別段難しい作業じゃないので、直ぐに放置するところまではできる。
次々と、ユキやレンにも作らせた。
「あとは冷えるのを待つだけだ」
そう言ってしばらく様子を見て行く。
そして俺が後から作った物も一緒に出来上がる………が、どうも最初に作ったものと違う。
確かにみんなで作った物も石鹸には変わりは無いのだが、何かが違う。
いや、俺は作っている途中から気が付いていた。認めたくなかっただけなのだが、良く言えばおいしそうな香りと言えばいいのか、いや、もうこうなると悪臭とまではいかないが、変な臭いがするのだ。
俺なら使いたいものではないのだが、みんなはできた石鹸を手に取り喜んでいる。
そんなもので良いのか。
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