第68話 王都では卸しません

 作業終了間近だと、マリアンヌだけでなく、カトリーヌの監視の下でできるので、教えるにはちょうど良いらしい。

 俺たちが店先で話していると、作業を終えた女性たちが奥から出て来た。


「「「おかえりなさいませ」」」


 一斉に挨拶をしてくる。

 うん、挨拶は大事だ。

 それに何より気持ちも良い。

 本当によく教育がなされている。


 俺はマリアンヌに留守中のことを聞いた後にお礼を言って、娼館に納品に出向く。

 当然、ダーナを連れてだ。


 ナーシャは、この後食事までの間は自由にさせているが、マリアンヌかカトリーヌのどちらかの手が空いている時には勉強を見てもらっている。

 最近では一緒にレンやランも机を並べてでは無いが、食事をする大きなテーブルで読み書き計算を教わっている。


 マイやユキは、夜寝る前に集中して勉強をさせている。

 流石に20才を超えてからの勉強は難しいらしい。

 でも二人は本当に一生懸命に字を覚えようとしているそうだ。


 俺は、いくつかお得意さんの娼館を回って、王都で仕入れた高級酒や先ほど店に寄って持ってきたポテトチップスなどを卸していく。

 だが、今回はあの唐揚げセットやたれだけ、片栗粉だけなど新たな商材の注文も入る。


 しかし、それを予測していなかったので、店から持ってきてはいないが、ここは万能スキル先生の出番。

 空いた容器を受け取りダーナで作業を隠すようにして、塩や酒を取り出しては作って卸す。

 片栗粉に限ってはそのまま受け取った容器に入れていくだけで、銀貨10枚を稼げる。

 本当にぼろい商売だが、ジャガイモを店に全て置いてこなくて良かった。


 一通り営業を終えてから、市で鶏肉を買い店に戻る。

 今日は俺が夕食の準備を行う。

 何せ、コストダウンのために、途中の村で買ってきた葡萄酒を今の高級酒の代わりに使って唐揚げを作ってみようかと思っているからだ。


 味の比較のために、いつもの要領でも同じように作ってみて、問題無ければ酒を入れ替えてみるつもりだ。

 これだけでコストを1/10以下にまで抑えることができる。


 経営者なら当たり前のことをしないといけない。

 当然品質も確保しないといけないから、食べ比べる必要があるし、何よりみんなあれがお気に入りの様で、俺が作ると喜ぶのだ。


 まず、買ってきた安酒を使って作ってみると、やはり安酒のことはある。

 雑味と言うか、香りも何と言ったらいいか。

 元々葡萄酒と料理酒とは違うことは理解していたが、鶏肉との相性が悪いというはずは無いのだが、そのまま使うのはちょっと憚られる。


 かなり作ってしまったこともあり、そのまま夕食に出したが、女性たちには割と好評だった。

 うん、この時代ではまだ味を追求する文化と言うかそう言う気持ちの部分が少ないのか知らないが、まずく無ければ美味しいといった感じなようだ。

 でも、高級品路線を追求する俺の店では出せない。


 夕食は皆で仲良く食べ、そのままいつものコースだ。

 宝石の夢に行ってもらい湯をした後、全員がそろっての大運動会だ。

 とても夢のようなひと時だったが、俺の腰がぎりぎりだった。


 翌日、懲りもせずに中庭で石鹸造りに挑戦していると、店の方からお呼びがかかる。

 店先に出てみると、ドースンさんとバッカスさんが二人して店に来ていた。


「これはこれは、いらっしゃいませ。

 と言っても、ここで仕入れることは無いのでしょう、お二人とも」


「いや、驚いたんだ。

 昨夜、宝石の夢で出されたつまみもレイさんのところが関わっているそうだしな」


「え、誰かから聞きましたか」


「いや、流石に高級店だ。

 そう言うことには口が堅いが、既にレイさんが白状したようなものだしな」


「今のやり取りを聞いていれば商人ならピンとくるよ。

 まだまだわきが甘いな、レイさん。

 精進が足り無いよ」


「これは厳しい事を、ドースンさん」


「それにしても、俺が知らない子もいるようだが」


「ええ、あの後も4人買い入れましたから。

 とにかく人が足りていないのです」


「お、これは俺の方にもご用命が……」


「いえ、当分は。

 ここの調理場って狭いのですよ。

 今でも入り切れませんから当分は無理ですかね。

 先に、建物の方をどうにかしようかと」


「そりゃそうだな」


「それよりも、今日は」


「ああ、バッカスがどうしても金儲けの話がしたいと聞かないんだよ。

 今回の訪問は仕事抜きだった筈なのにな」


「ああ、お前は奴隷商だから、酒やつまみに関しては用は無いだろうが、俺の方は違うんだ。

 それよりも、レイさん。

 あのなんだっけあれ、美味しい奴」


「確かお相手の女性が唐揚げとか言っていたけど」


「おおそうそう、唐揚げ。

 あれも王都に卸せないかな」


「その件ですか。

 それは今のところは勘弁してください。

 ポテトチップスの時は、とにかくお金が必要だったのでバッカスさんに卸しましたけど、唐揚げはここモリブデンでも一部高級娼館にしか出しておりません。

 宿屋やレストランからも引き合いが来ておりますが、お断りさせていただいております」


「それは……」


「ええ、ここモリブデンの高級娼館だけのお楽しみということで、娼館の価値が上がるのだと聞きましたから、お得意様のためにも、しばらくはこのままでいこうかと。

 もう一度味わいたくなったら、是非モリブデンの娼館まで」


「レイさんもすっかり商人になったな。

 実におしい話だが、諦めよう。

 だが、それなら王都にもレイさんの店を出して見てはどうだろうか。

 王都の娼館も客にすれば、あれも出せるのだろう」


「そうですね。

 うちももう少し大きく儲けられれば、王都に出店もありかもしれませんね。

 その折には是非ご便宜など頂けたら幸いです」


「ああ、もううちとレイさんの店とは切っても切り離せないくらいな感じだしな。

 できるだけ早く王都に進出してくれることを祈っているよ。

 それよりも店先にある、あれ金貨4枚で売っているんだったよな。

 俺は買って帰っても良いかな」


「バッカスさんでしたら、いつもの金額で、卸しますよ。

 ただ、空き樽があるようでしたら、次からは持ってきてくださいね。

 奥から別のをお出しします」


「それなら明日、帰る前に寄るからその時に頼もうかな。

 で、いくつ出せる」


「ご希望なら20は大丈夫ですね。

 しかし、20ですと、値が張りますが……」

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