第65話 指名依頼
宿で俺のアイテムボックスに移し替えることはもはや定番の作業になっているが、移し替えと言ってもほとんど手間が掛からない。
余った時間で、大運動会だ。
最近では大運動会にナーシャまでもが参加しているので、ちょっとしたものになっている。
これが無ければ今の俺たちならば3日で王都に着くことも可能かもしれないが、俺の方がある意味持たないので、それには挑戦していない。
途中の村によって仕入れや大運動会をしたが、予定通り4日で王都の着いた。
王都に着くとその足でバッカスさんの店に向かう。
仕入れだけを済ませてすぐに帰るつもりだったのだが、バッカス酒店で珍しくドースンさんと会った。
「おお、珍しいな。
久しぶり、レイさん」
「ご無沙汰しております、ドースンさん」
「ここには仕入れか」
「はい、うちも順調に商いを伸ばしておりますから」
「聞いたぞ、酒のつまみも始めたんだってな。
しかも、バカ売れだとか。
羨ましい限りだ」
「オイオイ、商売の邪魔をせんでくれな、ドースン。
レイさん、今日も持ってきてくれたのか」
「ええ、不定期ですみませんが今日もお約束の10樽ばかり」
「レイさん。
それ増やせないかな」
「大丈夫ですよ。
前にドースンさんの協力を得て、奴隷を仕入れることができましたから、彼女たちが一生懸命に今もモリブデンで作っておりまして、増産に成功しましたので、いかほど御入用で」
「倍、いや三倍は欲しいかな。
わしが卸している娼館以外にも注文があってな。
そろそろ断り切れんのだ。
レシピそのものを売ってくれてもいいぞ。
高値で買うから」
「レイさん。
騙されるな。
こと商売に限ってはそいつは本当に大蛇のごとく貪欲だぞ。
尻の毛まで抜かれないとも限らない」
「何言うか。
わしは信用を大事にしておる。
取引先をだますような真似はせん」
「レシピはお出しできません。
でも、私が出さなくとも、ここまで売れている様なら、誰かが研究して他からもきっと出てきますよ。
味の方は分かりませんけどね。
それより、お二人とはおめずらしい。
ひょっとしなくとも朝帰りですか」
「バカ言え、昼も過ぎてまで遊んではいないよ」
「何を言っている。
その遊びの相談をしていたよな」
「ああ、そうだ。
レイさんもモリブデンに帰るのだろう。
またわしらを護衛してはくれないかね」
「は?
あ、お姉さん方の予約が取れたのですね。
それでモリブデンに」
「いや、流石にあれ以来は取れていないよ。
でも、癪に障るが宝石の夢は、王都にも引けをとらないくらい素晴らしい娼館だな。
あのフィットチーネの野郎が素人仕事で始めたのに、訳が分からんよ」
「宝石の夢?
何ですそれは」
「レイさんは取引している店の名前を覚えておらんのか」
「え、ひょっとして」
「ああ、あの至宝たちが居らっしゃる店の名前だ」
「ああ、そうでしたか。
正直名前を呼んだことが無くて。
それに、そう言えば店の名前を誰からも聞いていませんでしたね。
店先にもそれらしき看板も無かったような」
「当たり前だ。
どこの世界に高級娼館が名前を書いた看板を掲げる様な下品な真似をするか」
「そういう事は、紹介される時に聞くものだ」
「そういう物なんですか。
正直、お取引をさせて頂いておりますが、利用したことは無いものですから。
それよりも、ご予約が取れなくとも行くのですね」
「ああ、聞くところによると、また至宝たちは客を取っていないらしい。
レイさん、何か聞いていないか」
「それなら私は分かるような気がします。
あそこの運営はお姉さん方が仕切っておりますから。
多分、ドースンさんたちがお姉さん方の予約が取れないのも、今はその運営の方が忙しいからでは無いでしょうか。
前にオークションで連れて行った女性たちの教育がどうとか言っておりましたしね」
「それなら納得だ。
あの方たちはとにかく素晴らしいからな。
余計な口出しをしないフィットチーネだからという訳か」
「ご予約が取れなくとも遊びに行かれるのですか」
「ああ、どうもしゃくな話だが、娼館の質は今では王都よりモリブデンの方が上のようだ。
ここでも、モリブデンの高級娼館の評判がすごい。
最近は出される酒や料理もものすごくおいしいらしい」
「出している酒は、ここで仕入れている物ばかりのはずですよ。
少なくともフィットチーネさんの娼館、確か『宝石の夢』でしたっけ。
そこの酒は私しか卸してはいない筈ですから」
「それより、明日モリブデンに行こうかと相談していたところなんだ。
どうかね、また護衛を引き受けてはくれないかな」
「分かりました。
でも他の方の護衛は居るのですか」
「ああ、幸い暁のイレブンさんを捕まえることができたので、暁さんには護衛を依頼していたんだ。
明日朝一番にここを発つが大丈夫か」
「ええ、私の方は、仕入れが済んだら、直ぐにでも王都を出ようかと思っていましたから」
「そうか、レイさんのところはアイテムボックス持ちだったな。
準備に時間を掛けずに済むのだったな。
羨ましい限りだ」
「そうと決まれば、一度冒険者ギルドに顔を出しておきます。
バッカスさんたちからの依頼を受けたと連絡しておかないといけませんから」
二日ばかり予定は狂うが、お得意さんやお世話になっている人の頼みで無下にはできない。
それに何より、結構おいしい依頼だしな。
俺はバッカス酒店を出ると、冒険者ギルドに顔を出して、王都に着いたことを申告した後、今直接依頼を受けたバッカスさん達の護衛の依頼を受けたことを受付にいた人に話した。
今回の様に依頼主から直接依頼を受けることもあるにはあるが、それはバッカスさんのような大店の主人からが多く、そうなると有名冒険者に限られる話だそうだ。
俺の様にぽっと出の新米冒険者ではまずありえないことのようで、冒険者ギルドではちょっとした騒ぎになってしまった。
当然、いらない連中からも絡まれる。
めんどくさい。
俺はと言うと、流石にギルド内での乱闘は避けたいので、必死にナーシャをなだめている。
騒ぎが大きくなりかけた時にセブンさんが俺たちに気が付いた。
「あれ、レイさんですか」
「あ、暁のセブンさん。
ご無沙汰しております」
「何の騒ぎなの?」
「分かりませんよ。
明日バッカスさんの依頼を受けたことを報告に来たらこの騒ぎになって」
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