第63話 唐揚げ

「マイ、それにユキ。

 どうだ、少しはここの暮らしに慣れたか」


「はい、ご主人様。

 売られた時には考えられないくらい良くして頂いております」


「本当にご主人様のおっしゃったとおりに、幸せを少しずつ感じております」


「それは良かった。

 これからも一生懸命に働いてくれ。

 もっと元気になったら、その後も期待しているから」


 俺が暗に夜の大運動会への参加も言ったら、二人はそれを悟り、少し顔を赤らめて頷いた。


「そういえば、さっき娘のマリアンヌが油がどうとか言っていたが」


「あ、はい、ご主人様。

 ポテトチップスも作り手が増えましたので、直ぐに油が傷むようになりまして、そろそろ代えようかと考えていたところです。

 今鍋を火から下ろして冷ましております」


「下ろしたばかりかな」


「あ、はい。

 ですので、まだ熱くて作業を止めております」


「ああ、それは良い。

 やけどをしては元も子もないからね。

 それよりまだ熱いようなら、それを使って俺が今日のおかずを作ろうかな。

 皆は、休んでいていいから。

 調理場借りるよ」


「あ、ご主人様。

 私も手伝います」


「ダーナか。

 そうしてくれ。

 ダーナに預けた食材を使いたかったしな」


 俺はダーナを連れて調理場に向かうと、ちょっと機嫌を悪くしたナーシャも付いてきた。

 しかもナーシャだけでなく、カトリーヌを先頭に全員が付いてくる。

 流石に全員だと狭いだろう。


「悪いが、カトリーヌ。

 休むときに休むのも仕事だぞ。

 それに全員だとあそこに入り切れないだろう。

 食事の時にみんなで食べるからそれまで楽しみにしてくれ」


 俺は、調理場で、まずジャガイモをフライドポテトにするために切っていく。

 一つ見本を作り、それをナーシャに同じものを作ってもらう。

 次に、王都に向かう途中の村で見つけた鶏肉を使い、唐揚げを作ってみる。

 醤油が無いから塩唐揚げになるが、しょうゆタレの代わりに塩と酒を混ぜたもので、絡ませてから……あ、片栗粉が無い。

 確かジャガイモから作られるでんぷんで代用ができたはずだが、試してみるか。


 ジャガイモを数個、俺のアイテムボックスに取り込んでからでんぷんだけを念じてみると、できたよ。

 でも、作ったでんぷんを床にぶちまけた。

 いい加減学習すればいいものを。


 もう一度今度は容器を用意してから、同じ作業で作り、それを肉にまぶして油で揚げた。

 だいぶ傷んできている油なので、ちょっととは思ったが、前にもどきを慌てて作った時よりは美味しくできているように思える。


 二人には内緒で、つまみ食いを許すと、途端に騒ぎ出した。

 それを聞きつけた皆がまた集まって来る。

 しかたが無いので、揚げたばかりの肉を容器に入れて、店先までもっていき、そこで皆に食べさせた。


 俺としては、これに砂糖が入れば完璧だと思うが、今は持っていない。

 もう少し、調味料を充実させる必要を感じ、次の目標を風呂から調味料に変更した。


 つまみ食いから始まった食事を終えて、俺は傍の娼館に貰い湯の時間を聞きに行く。

 ついでに酒とポテトチップスを卸していく。

 ちょっとした手土産としてお姉さん方に揚げたばかりの唐揚げとフライドポテトを持っていく。


 お姉さん方は俺からの手土産を一口ずつ食べると、こっちは無言となった。

 その後、ここの娼館で調理を任されているシェフを呼びつけ、俺からの手土産を食べさせた。


「な、な、何ですかこれは」


 シェフはものすごく驚いた顔をしている。


「レイさん。

 お金なら払いますから、このレシピを譲ってはくれませんか。

 これだけで、ここの格が上がります」


 お姉さんの一人が興奮しながら言ってくる。

 イヤイヤ、そこまで大げさなとは思ったが、彼女たちは真剣そのもの。


「別に構いませんが、うちで作るよりも手間もかかりませんから、良い

 それよりも貰い湯の件ですが」


「そんなの何時でもいいわよ」


 調味料の件は急いだほうが良さそうだ。

 俺は、娼館の騒ぎをとりあえず落ち着かせてから、店に戻った。

 皆の腹がこなれた頃を見計らって、みんなで娼館に向かう。


 娼館の風呂は娼婦が一時にでも全員が入れるくらい大きいもので、俺たち全員が一度に入っても問題ない。

 当然混浴だ。


 前に見た時には健康上の問題で、ものすごく残念であった奴隷たちも今見た限りではかなり良くはなっている。

 肌の張りも大分回復してきているし、もうここまで来れば誰を見ても眼福だと言えるが、至福まではもう少しだ。

 このままの状態で頑張ろう。


「ご主人様。

 お体を洗わせてください」


 驚いたことに最初に俺に声を掛けて来たのはユキだった。


「無理することは無いぞ」


「私ではダメですか」


「いや、正直そういう面も期待しているが、ユキが自身で幸せを感じていないと、俺はユキとの約束を破ることになるしな」


「約束?」


「ああ、復讐の件だ。

 ユキが誰よりも幸せだと感じるようになるという奴だ。

 人は幸せを感じている時が一番美しい。

 俺は、そんな美しいユキを抱きたいのだ」


「そんな、直接言われても……。

 せめてお体だけでもあらわせてください。 

 私はもう今でも十分に幸せですから」


「ユキが良いのなら、私もよろしいでしょうか」


 今度はマイまでもが俺に言ってきた。


「私もユキ同様に、ご主人様に買われたことで、幸せを感じております。

 まだと言われるのならせめてお体だけでも……」


 二人が俺に言って来るのを聞いた残りの皆も同じようなことを言いたそうにしている。


「なら、今日は二人にお願いするよ。

 皆は今度な」


「「「はい」」」


 その後はとても楽しい時間を過ごさせてもらった。

 俺の息子は最後にはナーシャの口の中で嬉しそうに果てていた。


 翌日朝からフィットチーネさんに呼びつけられた。

 決してフィットチーネさんは偉そうに俺を呼んだ訳では無いが、何やら有無を言わせぬ迫力があったので、俺としたら呼びつけられたといった表現が一番だった。


「すみません、朝からお呼びしまして」


「いえ、それよりも事件ですか」


「いや、事件という訳では……」


「いえ、あれは事件です。

 この町の、いやこの国の料理文化が変わります」


 何やら大げさなことを言っているのは、昨日娼館でお姉さん方に呼び出されて、一緒に唐揚げなどを食べたシェフだった。

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