第62話 回復の兆し
俺のスキルを使ってはいるが、手ぶらで仕入れていればどうしても怪しく思われる。
だが、奴隷であるダーナがその場でアイテムボックスに仕舞ってもらえば、誰もが納得するのだ。
実際にはそれ以上の量を各村々で仕入れているのだが、別に村を跨いで俺たちのことなど監視している奴などいない。
精々村で作物を大量に買い込む行商がいるくらいと思われるのがおちだ。
ダーナが襲われる危険が無いかと言うと、俺にはよくわからないが全くないとは言えないために、戦闘力も気を付けて強化している。
フィットチーネさんの話では奴隷の身分のうちは、殺される危険はあっても攫われる危険は少ないそうだ。
あの王族でも奴隷には手が出せないという話なので、ダーナが貴族などから襲われる危険は少ないだろう。
そんなことを考えながら王都に入る。
王都では、そのままバッカスさんの店に向かい、仕入れを行った。
「こんにちわ」
「や~、レイさん。
いらっしゃいませ。
本日も納品ですね」
「いや、納品はおまけで、本来の仕事は仕入れですから」
そんな軽口をたたきながら、まず頼まれていたポテトチップスを10樽納品した。
これだけで金貨20枚になる商いだ。
思えば3樽いや、一樽オマケだった筈だから、二樽から始まったポテトチップスの商いも直ぐに5倍にまで順調すぎるくらい順調に捌いている。
バッカスさんは俺の生産能力が許せば更にその2倍に当たる20樽は欲しいらしい。
俺も割と頻繁に王都に来ているからこのままいけば年間取引量は恐ろしい規模になりそうだ。
雑談ついでに、俺もモリブデンで店頭販売を始めたことを話した。
金貨4枚で売ると言ったら、バッカスさんは一瞬驚いたような顔をしたから、王都でそれくらいで販売しているのだろう。
まあバッカスさんがどれほど儲けているか俺には関係ない。
で、俺の方も酒の仕入れ量を増やしていく。
何せ店先での販売も始めているし、何より店先販売を始める前に既に高級酒の卸先も増えているのだ。
「今回も沢山買っていくな。
うちは売れればいいのだけれど、本当にアイテムボックスって言うのは便利だな。
うちも真剣に考えるか。
ドースンにでも注文を出せばどうにかなるかな。
いや無理だろうな。
前に噂で聞いたけど、オークションでとんでもない価格になったというし、それにうちは行商もする必要も無いしな」
「必要がなければ、それでいいのでは」
「だがな、レイさんを見ていると商売人として羨ましくてしょうがないよ」
「隣の芝は青く見えるという喩えもありますし」
「何だね、それは」
「私も私で色々と苦労がありますという話です。
モリブデンと王都の往復だけでも結構大変ですが、こればかりはダーナを連れている関係上私も来ない訳には行きませんしね」
「それもそうだな。
この後はドースンのところでも寄るのか」
「いえ、まだギルドにすら顔を出していませんし、ギルドに寄ってから帰りますよ」
「本当に忙しそうだな。
体だけでも注意しておくんだぞ。
商売人は結局のところ健康でなければ、儲けなんかすぐに吹っ飛ぶからな」
「ご忠告ありがたく頂戴します」
俺は、バッカスさんとの取引を終えて、ギルドに顔を出しただけで、直ぐにモリブデンに帰っていった。
俺たちがモリブデンを出てから10日が経つ。
普通の行商人なら往復するだけで簡単に一月を要することになるのだろうが、そこははっきり言って俺たちは途中の村や町には商品を卸さない。
せいぜい買い取るだけなので、全ての村や町によっても5日もあれば着くことができる。
往復でも10日だ。
計算が合わない??
大丈夫、王都でも取引はほんの一瞬で、泊まることなく、王都を出るからだ。
普通はもう少しゆっくりとするのだろうが、今回だけは少々モリブデンに心配事を置いてきているので、できる限り素早く戻った。
全力で往復すればそれこそ10日も掛からないが、流石に途中の村でも仕入れがあったので、これだけの日数を要した。
モリブデンに戻るとすぐに、店に入る。
店先で番をしていたのは娘のマリアンヌだった。
「あ、お帰りなさいませ、ご主人様」
「ああ、ただいま。
カトリーヌは奥か」
「はい、お母さんは奥で、ポテトチップスを作っております」
「まだ、あいつらには任せられないか」
「いえ、油が悪くなってくると、その判断ができないとかで、お母さんが見ております。
正直私にもまだ難しいと感じますから」
俺たちが店先で話していると、奥からカトリーヌが4人を引き連れて出て来た。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「「「おかえりなさいませ」」」
カトリーヌに続いて、4人は俺の元気に挨拶をしてくる。
思いの外明るい声が聞こえて来たので、俺は安心した。
双子の二人はすぐに馴染むだろうとは思っていたが、心にしこりを抱える二人がどうなるか俺には予測が付いていなかったのだ。
同じとは言えないがカトリーヌもかなり心情的にはつらい思いをしてきているのだが、そこは娘と一緒だったというのもあってか、それともカトリーヌ自身が強い心持ちだったのかは分からないが、俺に買われた時にはすっかり普通に接することができたので、そんなカトリーヌに全てを任せて出かけていたのだ。
仕入れをダーナに任せる訳にはいかないこともあるが、俺自身心の中では逃げていたのだろう。
マイもユキも今は普通の表情をしている。
レンやランのような笑顔では無いが、それでも買った時から比べるとすっかり良い方向に来ている。
フィットチーネさんの云う通り、この世界の人の心は皆強いのか、多分、もうすぐ笑顔を見せてくれるのかもしれない。
レンやランの笑顔だけでも元居た世界では考えられないくらいの破壊力があるのに、ここにマキやユキが加わればそれこそ、俺はどうなってしまうのか。
「どうなさいましたか、ご主人様」
そんな俺の様子をいぶかしく思ったのか、カトリーヌが俺に聞いてきた。
いかん、いかん。
ただでさえ異世界に来ているのに、さらに別世界に飛んでいた。
「いや、ちょっと考え事をしていた。
それよりも、留守を任せたな。
ありがとう、カトリーヌ。
あの二人も、だいぶ馴染んだようだが」
「ええ、もう揚げ物を任せております。
まだ幼いランやレンには任せられませんが、その内に娘の様に大人が傍で見ている時には任せようかと思っております」
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