第45話 人手不足

 バッカスさんは既にドースンさんが食べておいしいとまで言っているので、今までに初めて渡した人とは異なり、直ぐに食べている。


 だが、その後の反応はあまり他の人とは変わりがなかった。

「凄くおいしい。

 レイさん。

 これ凄くおいしいですよ。

 うん、これならば酒のつまみとしても最高ですね。

 食事のあとだって、ちょっと口直し程度なら腹にも影響は無いし、これは売れる。

 ………

 レイさん!

 これ、うちにも卸してはくれませんか」


「別に構いませんが、お安くは無いですよ」


「今出してもらった樽でいくらになりますか」

 そこで俺は少し考えた。

 モリブデンと同じという訳にはいかないだろう。

 モリブデンも塩と同じ価格で取引しているので、王都でもそれでいくか。


「一樽で金貨2枚でどうでしょうか。

 材料費は大したことは無いのですが、いや、良質の油を使うからちょっとかかるか。

 でもそれ以上に手間の方がね。

 ですので、お安くは無理なんです」


「大丈夫です。

 うん、これなら王都のレストランや娼館に酒と一緒に売り込めるし、うちなら十分に捌ける、いや、儲けの出せる金額です。

 その値段で構いませんが、いまどれくらい卸してもらえますか」


 俺はダーナに在庫を聞いたら、3樽あるというので、今出してある一樽と、合わせてあと二樽を出してバッカスさんに卸した。


「見本で開けた一樽は私に安く酒を卸してくれるバッカスさんにだけサービスしますよ。

 ですので、二樽分の金額で、金貨4枚でどうですか」


「え、これも良いのですか。

 しかもサービスしてくれるとは。

 レイさんも商売人ですね。

 分かりました。

 レイさんが王都に酒の仕入れに来る時には運んでくれるポテトチップスを全部うちで引き取りますから、次に来る時は、3樽は持ってきてくださいね」


 早速王都でも商売ができた。

 しかも継続しての商売だ。

 これで、空荷で王都に来ることが無くなる。

 行商ではなくなってきたが、それでも移動しての商いならば継続の取引があるのでは効率が断然に違ってくる。

 良い方に商売が回り始めた。

 お姉さん方にもう一度相手をしてもらうのも少し早まるかも。


 その日は酒を仕入れて、ポテチを売って終わった。


 夜には宿で、いつものルーチンだ。

 しかも8日ぶりだから少し激しいのを済ませて、翌日俺は腰をさすりながらバッカスさんの店を訪ねた。


 俺を見たバッカスさんが飛んでくるように近づいてきた。

 朝からやたらとテンションが高い。


「レイさん、レイさん。

 あれ、凄いですね。

 昨日三樽って言いましたが、できれば五樽は欲しいですね」


「え、どうしましたか」


「ええ、行きつけの娼館に早速持っていったんですが、お嬢に勧めたら偉く気に入られまして、やることをする前に娼館主が出てきまして、早速商売になりました。

 頂いた一樽がその晩に売れましたから、うわさが広がれば他の娼館や、いや、貴族や高級レストランでも売れるかもしれませんね。

 とにかく酒と相性が良いのが、絶妙ですね。

 私には商売のお助け物って感じですか」


 まあ、バッカスさんの言い分もよくわかる。

 乾き物の定番としては絶対に外せないつまみだしな。

 だが、あの表情からは金貨2枚以上で売るのは当然だとしても上乗せで金貨1枚、下手をすると2枚載せても売れたのではと勘繰りたくもなる。

 まあ人様の商売についてはあまり詮索はしないが、お客様が喜んでくれるのならそれも良いが、そうなると、入れ物としている樽が早速足りそうにないな。

 帰りにも樽を仕入れて帰らないとまずい。


 翌日に、バッカスさんから娼館宛ての手紙とドースンさんが書いたバッカスさんの紹介状を受け取りモリブデンに戻った。


 俺らだけの移動なので、前回6日かかったところを一日短縮して5日で戻り、娼館に寄って、お姉さん方にバッカスさんの手紙一式を渡した。


「王都のバッカスさんですか。

 ドースンさんからの紹介扱いになるのね」


「バッカスさんなら紹介状要らなかったのに」


「え、要らないのですか」

「ええ、一度私、彼から挨拶を頂いておりますから。

 それに王都の大店の主人でしょ。

 王都にいれば誰もが知っておりますよ。

 尤も店の方だけですが」


「分かりました。

 予約は来月ですね。

 お返事は後で、ギルドを通して出しておきます。

 ありがとうね、レイさん」


「あ、レイさん。

 お酒と、おつまみの追加をお願いね」


 俺は一旦戻り、ナーシャに残りの一樽を運んでもらった。

 全部売らなくてよかった。


 モリブデンに戻ってからは、ほとんど毎日ポテチ造りに費やされた。

 確かにこれだけでも十分に商売になっているが、なんかちょっと違うような。


 王都で仕入れた酒も納めたので、本当に短期間で金貨100枚を稼ぐことができたが、商売が順調ではあるが、もう少し何とかしないとまずい。


 俺の思い描いた状態ではない。


 俺は目の前で揚げているポテチを見ながら必死に考えている。


 ああ、そうだ。

 人が足りないんだ。

 しかも、適材と言える人が。

 モリブデンに戻ってからずうっと考えていたが、何でこんなことが分からなかったのか正直恥ずかしい。


 無駄に2週間も過ごしていた。


 俺が忙しいのには、俺だけに原因がある訳では無い。

 フィットチーネの娼館が思いのほか盛況になっているのだ。

 これはフィットチーネさんだけでなくお姉さん方も誤算であったようで、予約客を抑えて営業を続けているが、どうしても断れない客というのはどこにでもいる。

 これがお姉さん方に対しての予約なら、昔取った杵柄では無いが多少は無理して予約を断れるのだが、この娼館に勤めている新人相手では無理だ。


 今は、お姉さん方は、ほとんど客を取らず完全に裏方に回っている。


 こちらも、原因が人手不足だ。


 これはフィットチーネさんも理解していることなので、近く王都に仕入れに向かうと言っていた。

 それで俺にも護衛をとの声が掛かり、お付き合いすることにした。

 今回の王都行きにはお姉さん方を代表してサリーさんも一緒に同行していた。

 これは限界になっている娼婦の補充のために、娼館経営の経験の無いフィットチーネさんをサポートするために同行している。

 フィットチーネさんも奴隷商として数多くの娼婦の売り買いに従事してきたので、全く素人という訳では無いが、それでも自分の娼館で働く娼婦を選ぶのに、実際にマネジメントをしているお姉さん方にある程度選んでもらう判断は、ある意味ものすごく合理的だが、現代日本でもそんな判断のできる経営者なんか一握りだ。

 それが出来るフィットチーネさんは凄いの一言だ。

 こんなフィットチーネさんに良くしてもらっている俺は何と運が良いのだろうか。

 これも日ごろの行いのため、あの日の人助けのおかげだ。

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