第41話 お化けの奴隷

 商談の結果、通常価格の2割引きで仕入れることができるようになったが、それでも一度に仕入れる時に金貨5枚以上を買ってくれと言われた。

 まあ、今回は金貨10枚の予算を取っていることを話してから、お勧めの酒を勧められるまま全部買い取った。

 その後はいわゆる商談という名の雑談になる。

 まあ、商人同士ならこういった雑談にも商いの種が転がっていると、前の職場で先輩から教わったが、この世界ではその常識が少々怪しい。

 バッカスさんも、どうもドースンさんと同じ穴の狢のようだ。

 さっきから話に出てくるのは今は廃業して無くなったあの娼館での話ばかりだ。

 しかも、ドースンさん同様に至宝の三人の話が中心になる。


 まあ、散々ドースンさんがバッカスさんを俺から渡した手紙で煽るから、それもある意味やむを得ないかもしれない。

 しまいには俺にもどうにかしてくれとまで頼んでくる始末だ。

 流石にそこまでの権限は俺には無い。

 そこで思いだしたのが、俺がかつて高級料亭に連れて行かれた時の話である『一見さんお断り』というあの話だ。

 そこで、それを利用してこの場を逃げた。


「すみません。

 私は田舎から出て来たばかりの駆け出しの商人なので、大店の御主人方が利用するような娼館を利用したことがありません。

 ですので、良くは知りませんが、そう言う高級なお店って、誰かの紹介が無ければ入れないのではないのですか。

 私は、たまたま経営者のフィットチーネさんの知遇を得て、酒の商いをさせてもらえていますが、客ではありませんので、私からの紹介というのはちょっと。

 こういった場合、バッカスさんは業腹かもしれませんがドースンさんに紹介してもらう方が良いのではないでしょうか。

 それともモリブデンのフィットチーネ奴隷商に知人でもおりますか」


 俺からそう言うと、本当に悔しそうにバッカスさんはドースンさんに紹介を頼んでいた。

 見るからに、この世で終わりというような、一世一代の勝負に負けたような表情をしているので、少しかわいそうに思えた俺はバッカスさんに助け舟を出すことにした。


「紹介という形はとれませんが、私の方からもフィットチーネさんや、直接お姉さま方に相手をしてもらえるように頼んでおきます。

 ただ、値段の方については私からは……」


「え、本当かね、レイさん。

 それは助かる。

 こんな屑にいつまでも頭を下げるかと思うと俺の方が気が狂いそうになっていたからな。

 もし願いが叶うのなら、俺の方からもそれなりのお礼を考えないといけないな」


「いえいえ、今後も酒のお取引をして頂くだけで十分です」

 どうも俺はドースンさんに続きバッカスさんという人にまで恩を売ったような形になった。

 全てはお姉さま方のおかげなのだが、ある意味、俺はこの世界に来てから本当に運が良い。

 商売も俺の思う以上に良いスタートが切れそうだ。


 酒の仕入れも終わり、金貨10枚をその場で支払い酒を引き取る段になって、また一騒動が起こった。


 俺はすっかり忘れていたが、アイテムボックスって、非常にレアなスキルだということに。

 まあ、今回はダーナがそのスキル持ちということにして俺の中に入れるのだが、二人の目の前で仕舞った時に騒がれた。


「れ、れ、レイさん。

 それって、今のってアイテムボックスで間違いないのか」


「ええ、そうですね」


「レイさん。

 今連れている女性って」


「ええ、先日ドースンさんに競り落としてもらった犯罪奴隷ですが」


「それが何で……」


 二人ともあまりに驚いたのか、なかなか話にならなかったので、俺から簡単な経緯を説明してみた。


 一通り説明を聞くと、バッカスさんの方が先に平静を取り戻したのか、一言言ってきた。


「レイさん、あんたはついているよ。

 これは商人にとっては大事な資質だな。

 レイさんが買った奴隷っていわゆる『お化け』だ」

 お化け?

 ああ、フィットチーネさんが言っていたスキルが化けると云うか、急にスキルが現れるやつのことをお化けと言われている。


「くそ~、俺が居ながら見分けられなかったとは、なんだか悔しいぜ」

「でも、見分けられたら手を出しますか。

 彼女の場合、恥ずかしながら、俺が手を出したことが切っ掛けでしたよ」

「それもそうだな。

 あの器量だ。

 しかも処女だと、俺たち奴隷商では手が出せないな。

 商品価値が全く違ってくるからな。

 それでも、処女と、アイテムボックスとでは考えるまでもなくアイテムボックスだが、必ずしも現れる訳では無いから……無理だったな。

 今回は必然か。

 レイさんでなければ彼女の価値を引き出せなかったという訳だな。

 そんなことだったら、あの時に手数料などをまけるんでなかったかな」


「何をけち臭いことを言っている。

 レイさんのおかげで至宝とも相手をしてもらえるようになったんだろう。

 俺にとってはそっちの方が奇跡だと思うよ。

 で、いつモリブデンには行くのだ」


「直ぐにでも一度訪ねてみるよ。

 あ、レイさんには護衛の依頼を出しておくから是非引き受けてくれ」


「え、私たちだけで、豪商の護衛って不安なんですが」


「それなら大丈夫だ。

 今キャラバンが王都に来ていたから、それについていく、

 護衛はまあ、格好つけのようなものだ。

 気にしないでくれ」


 二人からその辺りについて簡単に説明を受けた。

 モリブデンと王都の間は定期便とは言わないが、ほとんど定期的にキャラバン隊が行き来している。


 これは、モリブデンに船で運ばれる塩などを王都に届けるための物で、そのキャラバン隊にはしっかりとした護衛が就くので、まず夜盗の類に襲われるのとは無いとのことだ。

 キャラバンについては前にフィットチーネさんから聞いたことがあるが、その件だった。

 確かついていくにはお金がかかるとか。

 でも多くの商人はそれについて行き来するものだそうだ。


 だが、大店になればなるほど、それについて行くにしても自前で護衛を付けるのが慣例になっている。

 駆け出しの商人にとっては、店の格を上げるために無理をしてでもそれなりの護衛を冒険者ギルドに依頼して周りの商人たちにアピールすることも珍しくないとか。

 逆にドースンさんやバッカスさんのようなそれなりの商人は喩え少人数でも護衛を付けないと格好がつかない。そのため頻繁にモリブデンと王都の間を行き来する商人は専属の護衛を雇っていたり、贔屓にしている冒険者を使ったりするものだと言っていた。

 フィットチーネさんは、年に数回王都で開かれるオークションに参加するために暁さんを贔屓にしていつも使っているのだとか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る