第40話 酒の仕入れ

「あぁそうか、ありがとうな。

 しかも金貨30枚と破格での価格で相手して貰えるのだとか。

 なら、これは約束の報酬だ。

 おっと、こんなに値段をまけてもらったんだから、レイさんにもおすそ分けしないとな」 


 ドースンさんはそう言うと目の前でさらに金貨10枚を報酬として俺に渡してきた。

 金貨10枚って、そう簡単に増やして良い金額では無いだろう。

 日本円で100万円だぞ。

 もう最近俺の経済感覚がずれて来た。


「分かった、こちらから訪問する日程を知らせないといけないな。

 レイさんは、まだ王都にいるのだろう」


「ええ、明日にでも商業ギルドに顔を出して、ちょっと王都で仕入れをしてから帰ります」


「仕入れか。

 もう商売を始めたんだな。

 で、何を仕入れるつもりなんだ。

 こんなに良くして貰ったんだ、俺の知る範囲で良ければいくつか紹介できるぞ」


 これは、俺にとって非常にありがたい申し出だ。

 明日にでも商業ギルドで、相談しようかと思っていただけに、少し話してみようかという気持ちになってきた。

 そうそう商売人が足元を見られかねないようなことは言わない方が良いということは分かるが、ドースンさんに対して、今は俺の方にアドバンテージがあるようだし、悪い話では無いだろう。


「ええ、高級娼館をフィットチーネさんが開業したという話は前にしましたよね。

 ただ、その娼館で少々問題がありまして」


「問題?

 そんなのを俺に話しても良いのか。

 フィットチーネの足元を俺にさらすことになるぞ」


「いえ、これは考えようにとってはドースンさんの問題にもなることですから」


「え、それは何だ?」


 俺は、簡単にドースンさんに娼館が抱える酒の仕入れ問題を話して、俺が仕入れることになったことを伝えた。


「フィットチーネさんもいきなりの別業種でしたから、仕入れ先を確保するのに困っていたようなんです。

 幸い私は自由が利くし、フィットチーネさんからもある程度の信用を頂いておりますから。

 それに何より私にはメリットしかない取引でしたので、喜んで引き受けた次第です」


「おお、そう言うことか。

 俺も娼館でまずい酒など飲みたくは無いし、俺の知る一番の酒問屋を紹介しよう。

 ちょっと待て、今紹介状を書くから……、いや、これから俺と行くか」


 よほどうれしかったのか、元々フットワークが軽かったのかは知らないが、ドースンさんはすぐに馬車を用意させ、王都にある酒問屋に俺を連れて行ってもらえた。

 馬車の中で、先ほどの娼館の話になるのはある意味やむを得ない事だった。

 はっきり言って、俺とドースンさんとの間にある話題はお姉さん方がらみしかない。


「俺も今までいろんな娼館に通ったが、そこでまずい酒など飲みたくも無いのはよくわかる。

 ましてや、あの至宝と呼ばれる方とだと、せっかくの気分が台無しになるかもしれないな。

 ……

 あ、もしかしたら味など分からずに、いや、酒すら飲めなないかもしれないから構わないかな」


「それは無いでしょう」


「え、どうしてだ」


「今、娼館は営業を開始していましたが、お姉さん方は誰も客を取っていませんでしたよ。

 不味いお酒しか出せないようなら自分たちだけでなくこの娼館、ひいてはフィットチーネさんの顔に泥を塗るのを恐れてのことだそうです。

 ここで、もし私が仕入れに失敗でもすれば、いつまでたってもお姉さん方は客が取れなくなるでしょうね」


「それは本当か。

 あ、でもそうだな。

 あの人たちなら、それも頷うなずける話だ。

 なら、今回、俺がレイさんを連れて行ける事は良かったわけだ。

 せっかく相手してもらえる確約を取れたのに、それができないなんて俺が許せるはずがない」


 うん、ドースンさんは気持ちの良い位に自己本位で物を考えている。

 まあ、それで俺が良い仕入れ先を紹介されるのだからお互いに問題ないどころかWIN-WINだな。

 そのようなことを考えていると、ドースンさんの店と同じかそれ以上に立派な店の前に馬車は着いた。


「ここだ、ここだ。

 直ぐに紹介するからちょっと待て」


 そう言うとドースンさんは馬車から一人で降りて、どんどん店の中に入っていく。

 馬車は店から出て来た店員さんの案内で、馬車止めのある場所まで連れて行かれた。

 俺は、とにかく勝手が分からないので、馬車を案内してきた店員さんに頼んで店の中に連れて行ってもらった。

 俺が連れて来られたのは王都でも一、二を争う伝統と格式を誇る酒問屋だった。

 王都でバッカス酒店と言えばだれもが知らない人はいないとまで言われるが、扱う酒も高級品ばかりで、ほとんどの庶民は実際には入ったことのない店のようだ。

 俺が中に入ると、奥からドースンさんの大声が聞こえて来る。

 ドースンさんが奥から初老の紳士を連れて俺の方にやって来るのだが、どうも賑やかに話していると云うよりもその初老の紳士に散々自慢話をしながらこっちに来るのだ。

 だから俺に近づくほどに、初老の紳士の機嫌が悪くなるのが俺でもわかるレベルになってきている。

 いったい、あの人は俺にここを紹介するつもりがあるのか疑問になってきた。


「レイさん、こいつが俺の話していた酒店店主のバッカスだ」


 いきなり俺に店主を紹介してくるのだが、ちょっと待て。

 いくら親しい間柄と言っても、その紹介は無いのではないか。

 店主を捕まえてこいつ呼ばわりは無いだろう。


「屑な奴隷商なんか放って置いて、私がここの店主のバッカスです、レイさん。

 初めまして」


 この人もドースンさんを捕まえて、今度は屑呼ばわりだ。

 いったい王都の商人同士の会話ってどうなっているんだ。


「商売を始めたばかりのレイです。

 こちらこそ初めまして」


「本日は、お酒の御入用と屑からお聞きしましたが、それでお間違えないので」


「ええ、ドースンさんからどこまでお聞きしたかはわかりませんが、今度モリブデンにフィットチーネ奴隷商の主人が娼館も開きまして、私が酒の仕入れを任されました。

 高級娼館ということで、そこでお出しするお酒の取引を任されたのですが、あいにく先ほども申しました通り、私は駆け出しの商人ですので、酒の仕入れルートを持っておりません。

 つきましては、まとめて買いますので、仕入れ価格にも勉強して頂けましたら幸いです。

 あ、その前に、私に高級娼館でお出ししても問題ない酒の仕入れを許してください」


 そこからは俺の良く知る商談になって少しはほっとした。

 俺の常識も多少は通じる。

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