第29話 王都の宝石

 見学を終わり、応接室に戻るとほとんど入れ替わりにここでは珍しく品の無い、いや失礼、ややワイルドな感じの親父が入ってきた。


「や~~、待たせたな」


 どうも、彼がドースンさんのようだ。


「ドースンさんですか、レイと言います」


「オークションだってな。

 明後日あるから連れて行くよ」


「え、明後日ですか。

 私に何か用意するようなものは」


「いや、そんな面倒なものは無いよ」


「いや~。王都についてすぐにオークションを見学できるなんて、幸運です」


「何を言っている。

 ここ王都では、珍しいものでは無いぞ。

 それこそ10日ごとに開かれているからな。

 まあ、そう言う意味では10日待たずに済むだけ運が良かったともいえるがな。

 それよりもレイさんとやら。

 オークションを見学したいって、何を見たいんだ。

 レイさんが何を望んでいるのか、良かったら教えてほしいのだが」


「フィットチーネさんの手紙に書いてあったかは分かりませんが私は商人ギルドにも加盟しております。

 商人として一旗揚げようかと考えておりますから、できたらアイテムバックやアイテムボックスのスキル持ちの奴隷なんぞを実際に見てみたいなと思いまして」


「これはまた、とんでもないものがでてきたな」


「とんでもない…ですか。

 そんなに珍しいものだとは思いませんでした。

 とても高価であるとは聞いていたのですが」


「ああ、そんなのが出たら、超目玉として王都中が騒ぐわ。

 少なくともここ1年は見ていないかな。

 それでも見に行くかね」


「ええ、是非お願いしたいと。

 王都に来たのなら一度は見てみたいかな。

 掘り出し物があればめっけものだと思っております」


「そんなのが出れば苦労はしないよ。

 でも分かった。

 ほかならぬフィットチーネからの頼みとあっては引き受けない訳にはいかないからな。

 喩え、あ奴がとんでもない奴だとしてもな」


「とんでもない奴ですか」


「ああ、そうだよ……」


 俺はどうやらドースンさんの地雷を踏んだようだ。

 何が地雷だったかは分からないが、ドースンさんのお話が始まった。

 彼の話では、王都で超有名な娼婦を一人残さずにモリブデンに連れて行ったことに不満があるようだ。


「だいたい、いくら所有者の未亡人に頼まれたからって、あの三人を全員モリブデンに連れて行くことは無いだろう。

 あの三人は、この王都の至宝とまで言われているんだぞ。

 俺なんか、どんな手も使ってでもと思っていたが、俺の持つ伝手程度ではどうにもならなかったような人たちだ」


「へえ、あの三人の娼婦の方ってそんなに有名でしたのですか」


「何だ、貴様。

 さも会ったことのあるような口ぶりだな」


「ええ、たまたまですが、王都からモリブデンに向かう途中で襲われていたのに出くわしまして、護衛をしていた暁さん達と一緒に、盗賊を撃退しましてね。

 そのご縁で、そこからモリブデンまでの間、馬車でご一緒させていただきました」


「な、な、なんだと幸運な奴だな。 

 俺なんか、俺なんか、三人全員に会ったことすら無いのだぞ。

 会えたのはただの一人だけなんだぞ。

 その唯一、お話させていただいたことのあるのは『深海に眠る大真珠よりも、より清楚なエリー嬢』と食事をご一緒させてもらった時くらいか。

 それも大金をはたいて、その権利を買えた時くらいだ」


「権利を買う??

 何ですか、それは」


「あのお三方は別格なんだよ。

 それこそ夜を共にできるのなんて貴族、それも下級貴族なんかは全く相手をされず、伯爵でもぎりぎりとまで言われていたのだぞ。

 食事を共にするのだって、それ相応の人でないとできないんだ。

 俺も、持っている伝手を使ってやっとのことだったんだ。

 それでも商人仲間内でははちょっとした自慢の種さ」


「そういう人だったんですね。 

 確かにお綺麗な人ばかりでしたが」


「何を簡単に綺麗と片付ける。

 あのお三方は、ここ王都では宝石にもたとえられる方たちだ」


 三人がたとえられる宝石って、放つ輝きがダイヤモンドですら敵わないと言われるマリー嬢に国宝の王冠に一際存在感を示す情熱のエメラルドよりも情熱的なサリー嬢、それに先ほどの深海に眠る大真珠よりも清楚さを漂わせるエリー嬢だ。

 どうもドースンさんの説明によると、彼女たちはただの高級娼婦と云うよりも、江戸時代にあったという花魁に近い存在だったようだ。

 しかもあの三人は伝説級の太夫のごとく扱われていたようで、まず庶民では噂にはなるが、実際に見た人は少なく、見れただけでも相当な幸運と扱われていたようだ。

 ましてや夜のお供なんかは喩え国王ですら、予約無しではできないのだとか。

 ドースンさんの暴走ついでに色々と聞いた話だが、この国の王子の筆おろしもあの三人が受け持っていたとか。

 流石に王族相手では娼館でとはいかず、王宮に出向いての話だが、逆に言うと、お姉さん方は王城に出入りできる身分ですらあったともいえる。

 俺は王子たちと穴兄弟か。

 いや、恐ろしい事は考えない。

 あ、これって俺の命すら危ない事では。

 あの三人いっぺんにそれこそ毎日のように相手をされていたことがばれようものなら、ここ王都ではそれこそ『楽に死ねるとは思うなよ』って扱いにされるのでは。

 絶対に言葉には気を付けよう。 

 それでなくとも馬車で一緒に居たことだけでも既にドースンさんに恨まれている感じがするのだから。

 俺は、これ以上ぼろを出さないために、早々にドースン奴隷商を出た。

 明後日、昼過ぎにここに来ればいいだけと約束は無事に取り付けたので安心だ。

 危うく、命の危険にあいそうになったので、神経をすり減らしていたために、奴隷商を出たらどっと疲れた。

 ナーシャはナーシャでお姉さん方の話が出たので、ちょっと不機嫌だ。

 相変わらずに妬いてくる。

 まあ、俺が悪いと言えば悪いのだが、ナーシャの直ぐ傍で組んずほぐれつの生活をしていたのだから。それでいてナーシャには一切手を付けていない。

 まあ、彼女がどう思っているのかは分からないが、多分女としてのプライドを俺が傷つけていたのだろうな。

 もし次の奴隷を買った場合にはもう少しどうにかしないとまずいな。

 その日は俺が使いものにならなくて、王都をぶらぶらと歩き、買い食いなどをして宿に戻った。

 翌日も、精神的な疲れはこの世界に来てから初めて感じたためか、なかなかな起きれずに昼近くになってやっと活動を始めた。

 俺は、ナーシャを連れて今度は商人ギルドに向かい、商売の種を探す。

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