第25話 ジンク村
「逃しちゃったね」
「すみませんでした、ご主人様?
石を当てることができずに、本当にごめんなさい」
ナーシャは投げた石を外したことにかなり落ち込んでいる。
「いや、初めからうまくいけば誰だって苦労はしないさ。
今度は外さないように、ここで少し練習をしよう」
そう言えば、この旅の目的がナーシャの実力の把握と、その向上もあった。
しかし、ナーシャにはまだ何も武器などは渡していなかったが、いきなり魔物に向かおうとしていたことを考えると、素手で戦おうとしていたのか。
流石にそれはまずいだろう。
確かに武道家なるスキルもあるようだが、それだって実力を把握してからだ。
俺は、ナーシャが何に向いているかを把握してから武具をそろえようと考えていたから、今回旅に出る時に用意し忘れたのだ。
なら、ここで投石の一つでも覚えてもらえばそれだけでもかなりの攻撃力になるだろう。
なにせ今現在俺たちが持つ攻撃方法としては、あの盗賊たちを退けた土石流なるアイテムボックスの異常な使い方しかない。
しかし、あれは環境破壊と云うか、ちょっとすごいことになるし、何より、今回は海水をぶちまけることにもなるから、本当に使ったら最後塩害で草木が生えなく成り兼ねない。
俺もだが、ここでしっかりとした攻撃方法を確立しておかなければならないな。
俺はアイテムボックスから手ごろな石を取り出してナーシャに渡して、まず近い目標から練習させた。
10mくらい先にある木の幹に印をつけ、そこに向かって俺が石を投げ、ナーシャに真似させる方法で投石を教えて行く。
人間と虎人族との差と云えばいいのか。
俺は決して人種差別主義者ではないが、ナーシャの物覚えの良さには驚いた。
俺では絶対に無理な30m先の目標に対しても確実に石を当てて行く。
しかも、相当威力をもってだ。
これは期待できるのかもしれないと、今度は手ごろな魔物を探しては石をぶつけて行く。
魔物だから釣果とは言わないが、俺は相手が動くものには全く無力だった。
動きの遅かったスライムを一匹仕留めるのがやっとだったが、ナーシャは20m圏内ならまず外さない。
角ウサギくらいなら石一つで確実に仕留めて行く。
ゴブリンクラスでも10個もあれば確実に仕留めた。
ほとんどが数発で仕留めたが、中には頭に石が当たってもなかなか倒れないやつもいたが、それでも7~8個もあればまず問題ないくらいに投石が上達していた。
まだ、コボルトには挑戦していない。
もしもの時を考えるとなかなか攻撃を仕掛ける気持ちにならなかった。
森の中を歩いて行くと、たまにコボルトの気配も感じるようだが、そんな時には俺たちの方が相手を避けて移動していく。
当然途中で見つけたアポーの実は全て収穫しながら夕方にはモリブデンの隣にある村に着いた。
そこそこな規模を持つ村だ。
森の中にポツンと、いや、あの大都市モリブデンから王都を繋ぐ街道沿いだから、決して辺鄙な場所ではないが、それでもたかが村にしてはかなりの大きさだ。
俺は村の入り口で、村を守っている兵士?に冒険者タグを見せながら行商人と名乗った。
「行商か。
何を商うんだ。
海水は持っていなさそうだが」
「いや、これから王都に行って何かを仕入れてモリブデンで売ろうかと考えているんだ」
「そうか、只の旅人と云うのだな。
なら通ってもいいぞ。
ただし、村の中では問題を起こすなよ。
直ぐに取り締まるからな」
「ああ、俺も犯罪奴隷に落とされたくはないから大人しくしているよ」
「なら歓迎だ。
ようこそ、ジンク村に」
どうもこの村の名前はジンクというらしい。
俺は村に入るとすぐに目についた冒険者ギルドに入った。
とにかく情報が欲しい。
俺は冒険者ギルドにも登録しているから、邪険に扱われることは無いらしい。
村の規模から考えるとこの冒険者ギルドは不釣り合いに思えたが、中で情報を集めて納得がいった。
この村ジンクは周りを森に囲まれているために、主な産業として、その森から木を切り出しての林業と、それ以上に盛んな魔物たちの討伐による魔物由来の素材だそうだ。
そう、この村は冒険者によって支えられているのだ。
村の置かれている場所は深い森のほぼ中間で、港湾都市モリブデンと王都を結ぶ街道上にあり、モリブデンと王都の間を行き来する人にとっては無くてはならない村だが、行き来する人達相手だけでは無く、今では冒険者が持ってくる魔物の素材の取引も盛んで、どんどん村も大きくなっているそうだ。
そう遠くない将来、この村も、モリブデンほどではなくともそこそこの町に発展すると多くの人は期待を寄せている。
そう聞かされたら、商売のネタを探そうと情報を集めたが、はっきり言って俺にはあまり魅力は無かった。
行き来する人相手の宿屋食堂、それに付随するかのような歓楽街などはまだ見込みはあるが、後は木材や魔物の素材くらいが村の特産品で、外から売れそうなものとしては海水か食料、食堂がある関係で、そこそこの量の塩くらいだ。
俺たちは道中捕まえた角ウサギをギルドに卸して、ギルドを出た。
流石に冒険者の村と言って良い村だけあって、冒険者相手の商売は盛んだ。
酒や娼婦も簡単に手に入るが、それ以上に武器や防具の店も多い。
俺はギルドから紹介のあった武器屋に来ている。
「ギルドから紹介されてきたんだが」
「おお、客か。
で、何が要りようだ」
うん、冒険者相手だとこの対応がスタンダードのようだ。
客商売とは思えない対応だが、物が良ければ売れるのだろう。
「俺の連れに短刀を持たせたい。
掘り出し物でもあるのかな」
「うちに置いてあるのは皆掘り出し物さ。
どれをとっても価格に見合う以上の代物だ。
で、あんちゃんたちの実力は……う~~ん、まだ駆け出しと言ったところか。
それにしたって、年がいっている様なのが気になるが」
「ほっとけ、ああ、そうだよ。
店主の見極めの通りだ。
初心者の虎人族でも使いやすいものが欲しい」
「初心者と云っても、嬢ちゃんは虎人族だろう。
力が人族とは違うからな」
そうぶつぶつと言いながら、ごちゃまぜに樽の中に入れてある武器から適当に数本見繕ってきた。
ここで俺の鑑定が活躍する。
正直驚いたが、店主が見繕った短刀はどれもそこそこの品だ。
これならどれでもいいが、問題は値段だ。
「う~~ん、これなんかどうだ。
金貨一枚と銀貨20枚と言いたいところだが、駆け出しとあっては金など無いだろうから、銀貨10で負けてやろう」
「え、金貨一枚以上まけてくれるのか」
「バカ言え、金貨一枚と銀貨10枚だ」
そこから交渉を始めて金貨一枚まで負けてもらい、購入した。
おまけしてくれたことと、かなり良いものを扱っているので、俺用にも軽めの剣を一振り一緒に購入して金貨三枚を支払い、店を出た。
なんだかんだと言って金が出て行く。
早く商売を軌道に乗せないと、赤字続きだと未来が暗い。
とはいっても、俺の懐アイテムボックスには盗賊の拠点からくすねたお宝も入っているし、何より報奨金がまだ200枚近く残っているから、1年は楽勝だ。
まあ、貧乏性だということで、商売を早く軌道に乗せるべく王都に急ぐことにした。
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