第5話 ひとまず安心

 とにかく危険は去った。

 当面に危険が去ったことで安心しきっていた俺に人が近づいて来る。

 この小隊を率いている商人だろうか、馬車の中で震えていた人が、馬車から降りてきて俺の方に向かってくるのだ。

 普通ならば、お礼を言われるシーンだけど、言葉が通じるのか。

 それよりも、俺のように訳わからん奴は奴隷にしてしまえっていう奴かもしれない。

 小市民の俺は、ほとんど丸腰の人に対しても警戒している。

 少しばかり良い身なりをしているその人は、俺が警戒をしていると見抜くと、その場で歩みを止めて、大声で俺に語りかけて来た。


 「私どもを助けて頂きありがとうございます」


 良かった、日本語だ。

 果たして日本語かどうかは分からないが俺には日本語に聞こえたので、俺の言葉も相手に伝わるだろう。


 「いえ、お気になさなずに。

 私も襲われましたから」


 「それでもです。

 私はこの商隊を率いているフィットチーネと申します。

 この先の港湾都市モリブデンで奴隷商を営んでおります。

 お近くにお邪魔しても」


 「いや、それには及びません。

 私のせいでこの辺りがぬかるんでおりますから、私がお近くに参ります」


 俺はぬかるんだところを避けて馬車まで向かった。


 「先ほどは失礼な態度ですみませんでした。

 私はレイと言います」


 「レイ殿でしたか。

 こちらこそ、いきなり近づけば警戒しますよね」

 そこから簡単に雑談が始まった。


 フィットチーネさんは、この先にあるかなり大きな港湾都市モリブデンで、奴隷商を営んでいるらしい。

 普段はほとんどモリブデンの町からは出ないのだが、修業時代に世話になった兄弟子が他界したために商いを閉じる手伝いに、王都まで出向いて行ったというのだ。

 兄弟子も奴隷商を営んでいたと言うが、最近は奴隷商を他に譲り、自身は娼館を営んでいたらしい。

 その兄弟子が、先ごろの流行病で、あっという間に他界したので、その葬儀と商売の後処理をしてきたと言うことだった。

 王都には彼の奥さんと娘しか残らないから、彼の営んでいた娼館をそのまま続ける訳にもいかないとかで、その娼館を閉じる手伝いをしてきたと話してくれた。


 俺の方は適当にストーリーをでっちあげ、とにかく常識が無い事も不自然にならないカバーストーリーを作って話した。

 ちょっと無理はあったが、こんな感じの話をした。


 俺は人里離れたところで人使いの荒い主人の下で働いていました。

 この世界でない地球で社畜のように働かされていたので嘘は言っていない。

 そんな内容を話した後で、一人でうろうろとしていたことに矛盾が出ないように、理由を付け、代替わりに際して追い出されたということしておいた。


 まあ、過労死をしてこの世界に転移させられたとはさすがに言えないので、これで問題無いだろう。

 今回ばかりでなく、今後はこの説明にしておこうと決めた。


 フィットチーネさんと雑談をしていると、彼が護衛として雇っている冒険者のリーダーがこちらに向かってきた。


 「ちょうど良かった。

 紹介しよう。

 護衛として付いてきてもらっている暁のリーダーのイレブンさんです」


 「暁のイレブンだ。

 リーダーをしている。

 しかし、今回ばかりはダメかと思ったが、君に助けられたよ。

 感謝している。

 え~と」


 「レイです。

 今は無職になるのでしょうかね。

 里を追い出されたので、ふらふらしていたところ出くわしただけですから、お気にせずに赤・き・血・の・イ・レ・ブ・ン・さん」


 「すまん、赤き血では無く暁だ」


 「これはすみませんでした。

 で、そちらの素敵な女性は」


 「ああ、紹介が遅れたな。

 うちのサブリーダーで、俺のかみさんのセブンだ」


 「セブンです。 

 レイさん。

 此度はリーダーを助けて頂き感謝します」


 セブンさんとイレブンさん。

 うん、そのうちファミマーさんも出てくるのかな。

 冒険者グループにもきっとオフサイドさんとか翼さんなんかも出てきそうで怖い。


 「偶々ですからお気になさらずに、セブンさん」


 そうだよ、元々助ける気など全く無かったんだ。

 ある意味、彼らを囮として逃げ出そうとして失敗しただけだ。 

 本当に偶々助かっただけだから、物語のように俺のことを持ち上げないでくれ。

 俺のメンタルが持たない。


 「そういうがな。

 それよりも、どうします彼ら。

 調べてみないと分からないが、多分懸賞付きですぜ」


 「そう言ったってな。

 今回の場合、私たちはレイさんに助けられたから、権利は彼にあるだろう」


 「ですが、我らも、数人は倒しておりますし、全く権利が無いとは言えませんが。

 そうだ、レイさんはどうするつもりか?」


 いきなり訳の分からないことを聞かれても困る。

 俺は困り顔でフィットチーネさんの方を見た。


 「そうですね。

 先ほども聞きましたが、レイさんはあまりこう言ったことに詳しくは無いのですね。

 どうでしょうか。

 今回の件、私たちにお任せくださいませんか。

 悪いようにはしません。

 ええ、助けてもらった恩もありますし、全てこちらで処理しますが」


 俺は、とにかく訳がわからないので、この場合は信じてみることにした。

 まあ、俺をだまして奴隷などにすることは無いだろう。

 目の前で護衛もろともやられそうなところを助けたことになっているのだ。

 下手をすると自分たちもやられるのではと考えても不思議は無い。

 まあ、完全に信頼する訳にはいかないが、別に襲ってきた盗賊の処理くらいは任せても大丈夫だろう。


 「私としては何も知らないので、大変助かります。

 全てをお願いしても」


 「ええ、お任せください。

 決してレイ様の不利益になりませんようにしますから、ご安心ください。

 では、暁の皆さん。

 よろしくお願いします」


 しかし、いきなり人と出会った時に盗賊とは、この世界は侮れない。

 治安については日本とは比べ物にならないだろうな。

 まあ令和の時代でも日本の治安は世界標準から比べると異常だとも言われていたが、中南米よりも危ないと考えても差し支えないかもしれない。

 となると、こいつらの他にも盗賊が居ても不思議がない。

 近くにいるのなら、魔法なんかで分かればいいのだが、鑑定スキルでは、彼らの素性は分かってもそれ以上はどうしようもない。


 そう思いながらも俺がアイテムボックスから取り出した木の下でうなっている盗賊の方を見ていた。

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