第4話 これまた定番の人助け
俺は、とにかく発見した文明世界への痕跡を手繰り、その轍に沿って川の下流方向へ向って歩き出した。
今までとは格段に歩き易さが違ったけど、それでも舗装道路と比べれば整備されていないハイキングコースを歩いているようなもので、革靴にスーツ姿では歩きにくい。
かれこれ休みながらだが、夕方まで10時間は歩いただろうか。
日もかなり傾き、このままだと今日もお宿には付けそうにない、そう思っていると、遠くから人の営みを感じさせる音が聞こえた。
この先に人がいることは確かなのだが、先ほど人の営みというかなり柔らかく表現したが、どう聞いても穏やかでない音だ。
このまま傍まで行っても大丈夫かと思わないでもないが、傍に行かないと人には会えない。
喩え敵対するような人でも、この世界の人を知ることは大事だと、俺は自分に言い聞かせて隠れながら音のする方に向かった。
音から予想はできていたが、一台の馬車が屈強な男たちに襲われている。
どういう人たちなのかと、スキルを使い覗いてみると、予想通り盗賊たちが商人の馬車を襲っている。
一応護衛役として、冒険者が4~6人付いているようで、向かってくる山賊たちと戦っていた。
それで、その山賊たちというのが……アカン。
20人以上いて、しかも護衛役の冒険者たちよりもレベル的に強い人もいると分かる。
ここで俺の良く知る物語なら、さっそうと現れて、並み居る山賊たちをばったバッタと倒して感謝されるのが定番の導入シーンだろうが、そこまで俺もおめでたくはない。
だいたい女神さまとの邂逅もせず放り込まれた訳で、今もムリゲーだとすら思っているのだ。
いち善良な市民としては、襲われている商人には同情はするが、ここはひとつ『君子危うきに近づかず』ということで、そっとこの場を離れようとして動いたところを直ぐ傍そばに矢が飛んできた。
「ひゃ~~~」
座り込んでいた俺のすぐ横に放たれた矢が刺さっている。
「お、おれを殺す気か~~。
いち善良な庶民を面倒に巻き込むな」
俺は思わず、矢を射った人を睨みながら大声で文句を言ってしまった。
「貴様。
何でそこにいる。
貴様も一緒に……」
俺の叫びを聞いた盗賊の数人が俺を目指して走りこんできた。
俺は這うようにして、その場から逃げ出そうとするが、どうしてもスピードが違い直ぐに追いつかれてしまう。
怖くなった俺は武器を探すが、あいにく近くには何もない。
勢い、俺はアイテムボックスから太めの枝を取り出して振り回す。
俺に向かって走りこんできた連中はその場で止まり間合いを取り、こちらを睨んでいたが、そこにまた矢が飛んできた。
俺に当たらなかったからいいようなものの、もし飛んできた矢が俺に当たったら怪我をするんじゃないか。
「てめ~~、何度も俺のことを襲うんじゃないよ」
俺は、今度石を取り出して、矢を放っている盗賊めがけて、硬球くらいの石を投げつけた。
良い子は決して真似をしてはいけません。
人に向かって全力で石など投げては相手に怪我を負わせるからね。
て、そんなことを言っていられない。
矢は何度も俺の近くをかすめたが当たらずに済んだから良いようなものの、当たれば本当にシャレにならない。
俺は、本気でぶつけるつもりで、石を投げつけた。
幸いなことに俺の投げた石は一投目に見事に相手の頭に当たり、相手はその場で倒れた。
「貴様……」
俺が盗賊の仲間の一人を倒した?ことになったので、俺の方に向かってきた盗賊が、先ほどよりも怖い顔をしながら俺に向かってきた。
この距離で石を投げてもそれほど効果は期待できない。
かといって持っている木の棒を振り回しても時間の問題で、さらに悪い事には、商人を襲っていた盗賊の内、数人がこちらに向かってきたのだ。
絶体絶命。
もう俺はなりふりなんかかまっていられない。
俺は、アイテムボックスから何を出したのかよく分からないが、俺に向かってきた盗賊に大きな石が当たって、向かってきていた盗賊が大石に足を挟まれた。
これには俺もちょっとばかりほっとした。
もし、あの石で頭などを潰していたら、あまりのグロテスクなビジュアルに俺の繊細な心は耐えられそうにもない。
だが、状況は良くなるどころか悪くなる一方だ。
今度は、遠巻きに後詰をしていた盗賊たちが俺めがけて一斉に向かってくる。
一人二人では無いので、同じ手は使えない……と云うよりも、さっきはまぐれだ。
二度のまぐれを期待するほど俺もまだそこまでは思考を放棄していない。
しかし、どうしよう………
もう、なりふりは構わずに生き残ることに専念しよう。
俺はアイテムボックスの中にある物を手あたり次第盗賊たちに向け放り出してみた。
流石にリンゴをぶつけても効果は期待できないし、何よりも食料を遊びに使ってはいけません。
お百姓さんに申し訳ないと云うよりもったいない。
ああ、俺って日本人。
て、そんな余裕はない。
とにかく食料以外に少しでも相手に効果のありそうなものを、それこそ考えなく放り出した。
まず、大小さまざまな倒木類。
それが尽きると、大きさ様々な石、それでも盗賊は向かってくるので、え~~いとばかりに溜めている飲み水を盗賊に向け放り出した。
………
………
結論から言おう。
正直とんでもないことになった。
目の前に大小さまざまな倒木類の他に石も多くあるところに、溜めていた小川の水。
問題はその量だった。
ちょっとした鉄砲水のようになり、水と一緒に倒木や石を流して、盗賊に向かっていった。
自然相手では所詮人間など……
思考を放棄しかけたが、決して今の被害は自然が原因ではない。
が、ほとんど同じ現象なので、盗賊が今の20人そこらから喩え100人いや、千人は大げさとしてもそれらが襲ってきても十分に返り討ちにできそうだった。
それを彷彿とさせるくらいの被害は出ていた。
俺の居る場所の先が少しばかりへこんでおり、襲われていた馬車が通る道がそこよりも高台になっている地形だったのが幸いだった。
でなければ、せっかく善意で助ける筈の商人が一緒に巻き込まれてしまう処だった。
本当は助ける気は全くなかったのだが、結果的に運が良かったのだろう。
盗賊の内、ほとんどが俺の出した鉄砲水に飲み込まれて、石や倒木の下敷きとなり、また多くがおぼれて気を失っている。
俺を含めて意識の有る者は一斉に呆然としたが、直ぐに我を戻した護衛たちが今まで襲って来た盗賊たちを打倒していく。
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