ふたりが手をつないでエンドロール

 弁当は冷蔵のコインロッカーへ預けて、更衣室で、貴虎の祖母に確認してもらいながら着替えた。いつものスクール水着や昔着ていた競泳水着とはなんだか違う。むしろ着やすいぐらいなのに、何度も「おかしくないですか?」と聞いてしまった。

「ぜんぜん! おかしいところなんてひとつもありませーん」

「そうかな……」

「慣れよ、慣れ。着慣れていないからよ」

「そうかも……」

 膨らませる前の浮き輪を抱えて、いざ、更衣室を出る。貴虎は待ちくたびれたようで、体育座りをしていた。

「お待たせ、キー坊」

「ど、どうかな……?」

 水着に着替えた姿を貴虎に見せるとなると、何故だか恥ずかしくなって、もじもじと浮き輪で隠してしまう。水泳の授業でスクール水着の姿は見せているのに、今回のために買った水着はどうしてはずかしくなってしまうのか、文月自身にもわかっていない。

「どうかな、って言われても、浮き輪で隠していたら見えないわよ。ほら、膨らませてくるから、浮き輪をよこしなさーい」

「わっ!」

 取り上げられた。脱兎のごとく駆けていく、ワンピースタイプの水着をお召しの貴虎の祖母。向こう側にある空気入れのスポットへ向かっている。

「み、みんな、みんなは『変じゃない』って言ってくれるけれど、やっぱり、ちょっと、その、おしゃれというか、せくしーというか、その、わたしが着るには、違うような気がして」

 水玉模様のフリル水着。母親と環菜の満場一致で選ばれた。ふたりとも文月の家族であるため、文月の性格は把握している。もふもふさんも『買う前に貴虎の好みを聞いておきたかったけど、まあいいんじゃない?』と言っていた。本人は気にしているが、露出度は控えめで派手すぎない。

「そうか?」

「うん……」

「違うような気はしないぜ?」

「そ、そう?」

 そう言われたら、そうなのだろう。みんなからもそう言われていたけれども。そう思うことにしよう。

「とにかく、ここで足踏みしていても楽しくないし、来たからには遊ばないとだぜ!」

「そうだぜ!」

 貴虎の祖母が膨らませてきた浮き輪を文月に被せる。すっぽりと収まった。

「わっふ」

「今日は全種類のプールを制覇するぜ!」

「う、うん!」

「ウォータースライダーも全部乗るぜ!」

「うん!」

 貴虎が左手を出して、文月がその左手を右手で握る。それはとても自然で、不思議なことなど何もなかった。


【to be continued】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る