あへ2

 富美が知らない女の子を犯していた。

 公園で。

 あの、公園で。

 木陰の、誰もやってこないあそこで、年端もいかない、まだ幼女といってもいいような見た目の女の子の柔肌を、富美がいいようにしていた。


 いなかったのだ。

 あのアパートに。

 チャイムを鳴らしても誰も出てこない。そもそもチャイムの音がしない為、千香はドアをノックした。もう一度した。もう一度した。三度した。隣の部屋の玄関ががちゃりと開く音がしたから、千香は逃げるようにアパートを後にした。

 ここ、人が住んでいたのか――と、千香は今までの行為を恥じた。男の人か女の人か確認したかった。

 どちらにせよ同じ――。

 もう、来るまい。一瞬過ぎる。けれど来るだろう。作家としての今の千香なら。

 気持ちは昂ぶって仕方がなかった。だから、いつもみたいに公園を経由しようと半ば投げやりな気持ち、半ば期待に胸を膨らませ車を走らせた。

 コスプレ、は、悩んだ結果しないでぶらついた。

 そうそう都合よく現れまい、そう判断し、事実、暫く巡ってみても、四阿で待ってみても、富美は姿を現さなかった。から、そこに向かったのは単なる気まぐれだった。


 嫉妬心が湧いた。

 幼い少女の口元周りはてらてらとした涎に塗れていたし、衣服は上下共に着用していたが、下着だけ、富美が好みそうなその下着だけ膝下までずり下げられていたし、普通なら、少なくとも千香の知ってる富美ならば、幼女に悪戯してそれでおしまいにするはずなのに。

 逆に、少女が富美のあそこを、富美の局部を、一心不乱に舐めて少女が富美をイかせていたのだ。

 千香がひと舐めしかしてないあそこを。わたしが舐めたら前髪を掴まれたのに。何故。

 見ていて感じたことは、あの女の子は、イクとかイかないとかまだそういう次元の年でもないんじゃないかということ。何時だか『七人』と言っていた。その時は小学六年生くらいから高校生くらいまでの子を想像していたが、あれは……。

 だからああして女の子の方が富美にしているんだ。

 その推察が、なんでもない、ただの見ていて感じた推察なのか、自身の心を守る為に生み出した屁理屈なのか、千香は分からない。

 分からないまま、戸惑ったまま終わった。

 幼い少女のご奉仕によって、富美が千香の聞いたあの荒い掠れるような吐息が漏れた。そうして、少女の赤い頬に熱い潮と愛液を浴びせた。富美は頬を撫でながら、微笑みと共にしゃがみ込み、少女と目線を合わせると、取り出したハンカチで丁寧に少女の頬を拭ってやった。少女はまるでママにされるがままみたいに目を瞑っていた。

 二言三言交わしたように見えた。幼女の口が動いていたかは千香の場所からだと分からなかった。

 拭い終わってしばらくすると、少女はそのままうつらうつらとし、前に倒れ込むみたいにした。千香は一瞬ハッとしたが、背中の上下を見るに疲れて寝入っただけのようだ。

 富美が立ち上がった。放置してそのまま去るらしい。

 千香は股を濡らしている自分に気付いた。惨めだった。富美に気づかれる前に先に帰ろうと車まで走った。車を駐車場の正面から隅へと停め直した。そうして、再びその場所へ戻った。幼女はまだ寝ていた。女の子座りで、濡れた脚を土に付け、むき出しの脚を泥だらけにして、前に倒れるみたいにして。横から見る顔は、少女そのもの――だけれど、富美に似た雰囲気の美人。

 あと十年もすれば見違えるだろう。そう思わせる顔立ちの。

 たぶん、小学生に上がったかそこらじゃないか。

「もし」

 こんな幼い子に『もし』もないか。それとも今どき『もし』もないか。千香は少女の耳に顔を近づけ、

「だいじょうぶ?」

 と、囁いた。

「あえ。へ」

 少女の体がびくりとする。二度三度と背中から脚にかけて震わすように体を動かす。千香は見ていて少しどきどきした。そこにいた自分を重ね合わせたのだろうか。

「ふぇ。へへ。あー。あー。あー。え、へへ。おねーちゃぁん」

「ねえ。ちょっと本当に大丈夫?」

 放置するのも憚られ、家に帰った時に、そういえばあの子どうなったんだろうと考えてもう一度戻ってくる自分と、結局誰も居らずにそのまますごすごと帰宅する自分の姿が突如脳内に浮かんできたものだから、こうして急いで戻ってきたのだ。

 戻ってきて良かった。

 様子がおかしい。

 口をだらりと開け何事か発している。千香には顔の筋肉が弛緩しているように映る。アンモニア臭。見れば、スカートの股周りに大きな染みが出来ていて、土を汚している。匂いの強さから、ここに戻る直前に漏らしたと察せられた。

 視線が定まってない。千香を見ているようでいて、その視線は千香を素通りしているように感じられる。左から右。何かを追いかけているようにも探しているようにも。

 千香は周りに視線をやった。夏場で日暮れはまだ先だろうが、時刻的には夕方といっても差し支えない頃合いだ。この年の子ならば、そろそろ家に帰るのが普通じゃないか。

「お母さんは?」

 千香は訊いた。まともな答えは期待していなかったが。

「おあーさん。ばあ」

 だめだ。喋った拍子に口からごぷっと大量の唾液が垂れた。ハンカチなど持っていない為、垂れるままにしておく。

「警察に……」

 通報しようか考えたところで自分はどう見えるだろうと考える。たまたま通り掛かる場所じゃない。公園で。ひとりで。隅で。幼い格好までして、子供に紛れようとした自分を忘れたのか。良い言い訳が思いつかない。

 千香は悩んだ末、

「立てる?」

 と、少女に向け訊いた。

 少女はこっくりと頷くとふらつきながらも立ち上がった。あまり意思が伴っていたとは思えない。言葉に対する反応を示しただけ、というように見えた。

「とりあえずあっこまで歩こう。そこでおねんねしよう。そこだと汚いから」

 背中を押した。少女はこっくりこっくり首を、左右の脚を、ふらつきながらも動かすと、ゆっくりとだが歩きはじめていく。千香は何かあると、倒れそうになる度に支えてやって背中を押してあげた。やがて四阿に辿り着くと、床のコンクリートの段差に蹴躓いた。床に倒れ込みそのまま起き上がろうとしない少女を一瞥し、千香は四阿から周囲に視線を走らせた。

 この時間、ランニングマンはいない。犬の散歩をしている人が数名。それも向こう側だ。

 頭上から聞こえる甲高い子供たちの声が気になったが、段下のここまでやってくることはないだろう。子供たちは目の前の子を追いかけるのに夢中だ。

 千香は少女の腕を取った。びっくりするほどの細腕だ。「ごめんね」と呟きつつ、コンクリートの床を引きずった。誰かが前を通れば、倒れているのが見えるくらいの位置まで少女を引き摺ってくると、そのまま四阿の裏を廻り、その場を去った。

 最後に見た少女の顔は穏やかだった。

 車に乗り込む。追いかけられるんじゃないか。通報されるんじゃないか。怪しい女があの子を運んでいたと云われるんじゃないか。瞬間過った考えもすぐに失せた。

 信号待ちの車窓。反射する像に富美の顔を映し見た。視線の定まらない瞳や病弱で不健康そうな白い肌。そのくらいどこでもいるだろう。視線に関しては行為の最中だ。しかし。

 キス。

 あの、口腔。

 貪るようなキスをされた後に、スイッチが入ってしまったようになった自分。頭の芯から焼かれたように熱が入り、女の人同士のそれや、外でやることに免疫などなかったはずなのに何の疑問も抱かず、されるがままにされ、己も熱に身を任せてするがままにしていた。

「小さい子ばかりを狙った……」

 自分の手のひらを見る。子供みたいな手のひらを。

 直前に見た少女のあられもない姿。きっと、あんな子ではないだろう。見た目通りに、気高く、プライドのある、どこにでもいる、ちょっとませた子だ。そんな気がする。きっとそう。

 それが……。

 キス。ディープキス。

 口腔。口移し。

 受け取るのは小さい体で、その小柄さ故に体を回るのは早く。

「何かやってる」

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