しょりしょりしよ 3

 富美が千香の前髪を掴んだ。持ち上げたその角度を強制するように束を引っ掴む。怯えを含んだその瞳に向かって彼女の口が動く。

「剃れ」

 と。

「うん」

 どうしてだろう。彼女の口を見ていると、素直に従ってしまう自分がいる。千香は自分でも驚くほど従順になっている。

 富美が横を向いた。片手に剃刀とまたどこかよく分からないメーカーのクリームを持つ。千香は目の前に現れた彼女の薄い、形の良いお尻を見ている。

 差し出された。ふたつとも差し出され、塗ってくれるわけじゃないんだと考えた自分が馬鹿みたいだった。惨めにも思えてきたが、富美が目の前でアクリル椅子に腰掛けた千香のそこをじっと間近で見るみたいにしてその場でしゃがみ込むと、千香の沈んでいた心が一瞬で浮き上がった。

 深く腰掛けていたお尻をぐっぐっと前に出しほんの浅く腰掛けた。冷たかった富美の瞳が柔らかい。千香ゆっくりと彼女に主張するように脚を広げる。

 今ではすっかり陰毛に覆われたそこを露わにした。昼間に、しかも外で、彼女の前に晒していたのだ。今更恥ずかしいも何もない。しかし、狭い空間にふたりきり、向こうも裸というのは気分が絶対的に違う。

 膝を抱えて蹲ったせいでさらに主張された乳房を千香はじっくりと舐めるみたいにして眺める。乳首は隠れてしまっている。しかしちらと見えるピンク色した乳輪。姿勢を調整しているのか、また視線に気付き挑発しているのか見え隠れする。手を伸ばすことこそしないし出来ないが、脳内でその二つの乳房に今手に持つクリームを塗りたくり形を崩す妄想を広げた。

 クリームを出す。

 けっこう使用している。

 底から二回押しこくり、ぶちゅっと灰色したクリームが出てきた。緑色のパッケージ。英字で書かれたそれを裏面まで眺めてみても、なんなのか判別できなかった。come with us! だけ分かった。

 よくわからないものをよくわからないまま、自分の大事なところに塗っている。陰毛に乗せられた灰色はすぐに泡立った。ごしごしと。じゅ、じゅ、と泡が弾ける。

 このくらいでいいかなと判断し、左手で持っていた剃刀を右手に持ち替えた。刃を入れる段階にきて怖くなった。最後に左手で念入りに擦り、じいとそれを眺めている富美を見遣り、冷静になってみると、オナニーしているみたいだなこれ、と思い、それでも千香はさらにこころなし脚を広げてみせ陰部を彼女に突き出した。

 どきどきと心臓が鳴っている。

 毛に覆われ、護られていた千香の大事なそこを、全て見せるのだ。

 その事実に、千香はどきどきとしている。

 刃を入れた。

 まず太腿の付け根、縁を下から上へ掛けてなぞった。このくらいは夏場、水着を着る際、必要に駆られてやったことがある。次に上。ざりざりと刃を入れる。

「眉整えてるんじゃないんだから」

 そう言いながらバスタブから残り湯を洗面器に入れ差し出してきた。千香は剃刀を入れる。刈ったばかりの毛が水面に広がるのをなんとも言えない気持ちで眺めた。

 もうちょっと大胆にやってみよう。自分から見て右側を剃刀のサイズに合わせて一気にいこうとし――

「たっ」

 た、ところで毛が引っかかった。洗面器で丁寧に洗い流す。ぽつぽつとした毛根が下半分に現れ、これは、早くやらないと恥ずかしいというより、みっともないな、と感じた。

 左手で擦る。再び泡立てる。剃刀が含んだ水気でしゅわしゅわと泡立つ。泡で陰部が見えなくなる。刃を入れる。大胆に入れる。刈った毛を洗い流す。陰唇部分は流石に怖いなと思い、躊躇っていたところに、シャワーを掛けられた。視線を向けると、富美が片手にシャワーを持ち、千香のそこを洗い流している。

 自然肩が上がり、身を縮めていた。

 水流がきつい。よくよく見ると、シャワーヘッドだけ妙に真新しい。後から交換したのか、その細かい目が勢い強く千香の陰部を責め立てる。

 ちょっと痛かった。

「気持ちいい?」

「そういうこと、聞かないでよ」

 素直に言っていた。子供じゃない。大人の千香としてだ。演じる余裕もない。陰部の真ん中にだけ長い縮れた毛が残っていて、それを早く刈ってしまいたいけれど、富美がそこに強めにシャワーを入れて楽しんでいるものだから、右手に掲げたこの手持ち無沙汰な剃刀をどうしていいか分からない。あと少しなのに。

 富美がシャワーを外し床のタイルへと向けた。顔は笑顔だ。千香はほっと一息つくと、傍らに置いてあったクリームをもう一度手にとった。丹念にぬりぬりする。さっさと終わらせる気持ちで陰唇周りの毛を肌を傷つけないようにして刈ると、ぽつぽつと残っていた毛根部分も丁寧に刃を入れた。恥ずかしい、どきどきする、富美を楽しませたい、という気持ちもこの時点で萎えていた。呆れに似た気持ちがあった。

「はい」

「ん」

 今度のシャワーはさっと洗い流して終わりだ。それに少々残念な気持ちになるも、気分はこざっぱりとしていた。長年、本当の意味で外気に晒されることのなかった素の部分。幼い頃、今の家に移り住む前に、家族で風呂に入っていたことを思い出す。お父さんがいて、お母さんがいて、千香はそこで体を洗っていた。

「立って」

「……」

 何も云わずに立ち上がる。

 直前まで和やかな雰囲気が漂っていたとはいえ、先程の前髪の件が尾を引いて、彼女の命令口調は千香の芯の部分を貫く。恐怖と期待と興奮と羞恥が千香の全てを鈍らす。淡い、フィルターが掛かった、それこそ、思い出の中の子供のように。

 富美は千香の股の間に手を伸ばした。素肌同士が触れびっくりする。が、ただ千香の座っていた椅子に手を伸ばしただけのようだった。シャワーで座面に残っていた毛を洗い流すと、富美はそこに腰を下ろした。アクリルにぎゅうと押し付けられるお尻。下から覗けば、富美のお尻からアナルから女性器まで全部が丸見えになるんじゃないか。

 じわと愛液が溢れた気がする。毛に覆われてないと悟られそうで不安だが、しかし水滴でそうとは分かるまい。

 直立不動の姿勢でピンと背筋を伸ばす千香。頭だけ下を向いて。そんな千香を富美はじっと見つめる。前屈みで、頤を指で支えるように。ぴったりな仕草。

 じい、と見つめられる。

 水滴がへそから股に伝わった。つるんとしたそこは何物にも邪魔されることなく、滲みを生まず、陰唇から会陰までを通ってやがては落ちていく。ぴちゃり、という音を聞いた。

「色違いね。本当に子供みたいで良い色」

「そんな、査定してるみたいに。人のおまんこ」

「ふっ!」

 何がそんなに面白かったのか。

 富美が顔を逸らし、お腹を抱えてくつくつと笑いを立てた。変なことを言ってしまっただろうか。そう考え、笑う富美をなんとなしに眺めると、姿勢の変化で富美のおまんこがよく見えた。

 とっくりと見る。じっくりと目を凝らす。

 陰唇が広がり深緋色したそこは確かに富美の求めるそれとは違うように思える。改めて自分のを見てみると、纏うものを失くした千香のそこは、お腹から太腿から地続きの肌色をしていた。

「じゃ」

「じゃ?」

 これで終わりか。

 まあ、これ以上することもないのかな。千香は暗くなったバスルームを見渡し、得るものもないと判断すると、視線を富美へと戻し、その頭頂部から華奢な肩から眺める作業に戻った。最後に目に焼き付けておこう

 としたが、

「オナニーしてみせて」

 富美は終わらせるつもりがないようだった。

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