しょりしょりしよ 2

 なんとなく分かっていたことではあるが脱衣所は狭い。

 小さな磨りガラス越しに差し込む日差しは意外やその狭い空間を照らすには十分だった。ところどころ鏡面の欠けた鏡と薄いピンク色した陶器の洗面台には、プラスチックのコップと歯ブラシ、それから必要最低限の化粧品が並べられていた。化粧品は見たことないメーカーで、その容器から値が張る物にも伺え、富美の身なりから雰囲気からその存在を保証してくれる物にもみえた。相応しくないのは、やはりこの安っぽいアパートで、どうして彼女のような人がこんな場所に住んでいるんだろうと千香は改めて不思議だった。

 富美は背中に手を回すと首元から腰に掛けて付いているファスナーを器用にひとりで下ろした。彼女の肩が露わになる。細い銀のネックレスを付けている。以前は付けていたか。飾り気のないデザインだが、それが却って富美を飾り立てている。似合う。口の動きだけ、声には出さず呟き、暫し見惚れた。そんな千香を見ることもなく富美はすとんと着ていたワンピースを床へ落とす。ネックレスも外す。

 唾が鳴った。

 まっ黒な物を着用していたせいか、富美のその真白い肌は目に毒だった。

 静脈が透けてみえるような少々病的な白い肌。不健康そうにみえるが、張りのある場所はやはり張りがある。真昼に抱きつき身体を押し付け意識したそのふたつの膨らみは、ふわりとしたワンピースの中にあっても存在を主張していた。脱ぎ捨てた今となってさらにまた。

 薄い紫色のブラジャー。当然のように上下揃えてあって、千香はそれを見たことで、ここに来て自分が今下に何を着けているのか思い出した。

 見られているとはいえ。

 改めてここで、となると。

「どうしたの? 昼間あんなに大胆だったのに」

「あの時は、気分が、その、高揚していて」

「分かる。なんか盛り上がっちゃったよね」

 左手を口元にやりくすくすと笑う。逆の手でパンツを引っ掛けるみたいにして脱ぎ、片足片足を上げ跳ねてバタバタと脱いだ。その動作でずっと怪しかった目の前の女性が、年相応の同年代の友人に映る。千香は安心を覚え、自らも下着を脱いだ。昼間見せた、もこもこの。子供ぱんつを。

 そうしてふたりして同時にブラを外す。千香はこの前着けていたユニクロの色違いだ。少し緊張し、ゆっくりと顔を上げると、富美は風呂場の扉に既に手を掛けていた。見てもいない。何か自分でも分からないが凹む。仕方なし続く。じっとその丸いお尻を見遣った。衣服に包まれていたさっきまでの姿を想像し、透かして見、千香は興奮の行き場を探し、左胸に求めた。気付かれないように、さっと胸を撫で乳首を掻く。睫毛が二度三度震えた。

 浴室は狭かった。

 浴槽は脚を伸ばせない程のサイズで、それに合わせて浴室だって小さい。きちんと掃除が行き届いていて清潔感はある。洗面所と違って若干暗く感じたが、富美は灯りを付けることはしなかった。それでも十分ではあるが。

「っ」

 ぐっと縮まる距離。

 浴室にはふたりの人間が裸で立っていて、目の前の女性はつい最近出会ったばかりだ。そんな人の前に二度も裸を晒している。鳥肌が立った。寒いからではない。緊張によるものだ。

 富美が下を指差した。

 そこには椅子があって、よりによってアクリル製で透明だった。指示に従い、ぐっと腰を下ろすが、なにか下から覗かれているようで恥ずかしい。

 と、そこではじめて気付く。

「あれ。毛」

「感触が好きなの」

「感触……」

 下着を履いた時の感触のことか。違うことを想像して千香は赤面する。手を伸ばせば届く位の位置に――どころではない。

 目と鼻の先に、この一週間、就寝前密かに妄想していた富美の秘部があるのだ。

 千香は、自分でも知らず舌を出していた。

 腹部から骨ばった鼠径部に掛けての白い肌。違いを主張するように、深緋色に変化したそこは、中央に一本の線があって、千香はそこを上からそっと撫でるように舌を這わせた。

「ふっ、ん」

 流石に不意打ちだったのか。富美が甘い声を上げる。千香は許された気になって、顔を持ち上げると、そこに驚くほど冷たい瞳があった。

 気後れする。

 態度に出る。

「ごめ思わずその。また昼間の」

 言い訳と共に昼間のことを持ち出すことによって、「仕方ないなあ」と彼女が笑って許してくれ浴室に入る前微かに期待していた恋人同士でやるようないちゃいちゃとした密着――に、持ち込めるだろう、きっとそうなってくれるだろう、と、淡く考えていた。

 そうはならなかった。

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