しょりしょりしよ

「剃って!」

「や」

「剃って!」

「や……。だって、もし誰かに見られたら……」

 富美を部屋に送り届けた。玄関に上がるや、振り返り怒るように眉を寄せ放ってきた彼女に対し、千香は顔の前で両手を差し出した。云われていることが恥ずかしくて顔をまともに見ることができない。

「毛深いのはやなのっ!」

「毛深いって言うな」

 馬鹿らしくなって前を見た。

 脱力する千香を前に、富美は腰に手を当てている。彼女の利き腕は左手だ。林の奥へと連れて行かれた際。左手。あれは左手だった。認識。その左手が千香の股を指す。

「薄い方だよ。たぶん」

 同年代の女子に比べて薄い方だと千香は思っている。ちゃんと比較したことなどないが、小学中学時代の修学旅行の大浴場などで、千香は同級の女子たちの裸を見回し、さりげなくそこを見、分かってはいたが自身の発育の遅さを憂いた記憶はある。高校になっても生えてこないんじゃないかととにかく不安になったのは覚えている。思い出したくもない。

「誰に見られるって言うの」

「それは」

「彼氏?」

「今いないけど」

「ふうん?」

「富美は――」

 と、この流れなら、と口を開くが遮られた。

「じっさいなんでしょ。千香ちゃんは」

「じっさいだろうが生えている人は生えているんじゃ」

 言いながら、上がっていいものか悩んだ。昨日は送り届けそのまま帰らされた。完全にパシリにされた形だ。性欲を満たすだけの存在ってきっとこんななのかな、と千香は行為が終わった後、男性に「帰ってくれ」と煙草吸いしな告げられ、いそいそとボタンを留めているいつか見た安っぽい三文ドラマの女優のその時の表情を浮かべた。

「おかあさーん! お姉ちゃんがあー!」

 幼い声が耳につく。

 アパートの外から聞こえてきた。駆け足の音も。すぐそこの通りだ。姉の意地悪に妹が憤っているといった感じ。富美がふと千香から顔を逸らす。微笑んでいる。その声に思わず、といったようにしか見えない。

 千香は左右で踵を踏みながら靴を脱ぎ、何も訊かずに上がると、目の前で目をぱちくりさせているイメージに合わない富美の表情を見て言った。

「じゃあ。今」

「なんのこと?」

 云わずとも分かるだろうに。この意地悪女は。

「だからひとりでやるなんてちょっと恥ずかしいから今ここで剃って今」

 早口で言った。

 富美はにんまりと唇を引き結び笑う。千香の恥部を見通すみたいに見、赤らんだ千香の表情をじっくりと観察するように見、ようやく口を開く。

「やるの?」

 こくりと千香は頷いた。

 それだけで済むはずもない。

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