なんでだろ。なんでわからないの。なにもわからないのなんでだろ。
「なにそれ馬鹿みたい」
あなたに云われたくないんですけど――。
という言葉を千香は呑み込んだ。お互いの恥ずかしいところを晒したとはいえ――表面的に見ると晒したのは千香だけだが――、あんまり初対面の人にガンガン言えない千香である。
車の後部座席で着替える千香を『お姉さん』は助手席のルームミラー越しにじっと見る。
「パンツ、濡れてて気持ち悪くない?」
「う、うるさいなあ」
「私、いやだな、それ。もっと子供が履く下着していたら最後までしたのに」
「最後って……」
「最後まで」
鏡越しの目が怪しく光る。沈黙に耐えきれず千香が「流石に下は捨てちゃってたから」と、言ってから、言わなければ良かったと後悔する言い訳を言うと、お姉さんは、
「それ家族に洗濯させてるの?」
と、どうでもいいことを聞いてくる。
ムッとなりつつ、答える。
「なわけ。うちの親土曜両方仕事だから。誰もいないときにこっそり」
「へんなの。土日デートの勝負下着ってこと? 彼氏でもいるの? あっ、この後会う予定? その格好で? 良い趣味してるわ」
「いないよ」
「へえ~っ。へっへ~」
すごく、すごく馬鹿にされている。
この人のことをもっと知りたいと思っていた直前までの自分が馬鹿に思える。何故、一緒に乗ってきたのだろう。早いとこどこかへ行って欲しい。
だが、このまま別れたのではしこりが残るどころか、近隣に爆弾を放置していくようで気が引ける。それは千香にとってもそうだし、お姉さんにしてもそうであろう。
上を脱ぐ。お腹を晒し服の中に顔を隠しながら、確かにそこにお姉さんの視線を感じる。ブラ、これは好みかな、と思いつつ主張するよう胸を張った。背中を丸めるのも変だろう。わたしの車でわたしのプライベート空間だ。さておき、そちらには極力視線をやらず、そそくさと着替えてしまう自分。ブラインドはしてある。とはいえ。
着替え終わり、持参してきた買い物用のエコバッグにそれらを丸めて入れ――万一親が早引けしてきた時の為、言い訳がつくようこれにした――ようやくお姉さんの方を見る。
お姉さんは憎まれ口を叩きながらも、両の手は膝にそっと置き、脚を揃え背を伸ばし、首をまっすぐにして座っていた。仕草や佇まいから育ちの良さを感じてしまう。お姉さんのいいとこ探しをしている自分に気付き、慌てて打ち消す。反撃材料。互いのした行為。しでかした行為。対等になるよう。対等になるよう。そう、まずは。
「あの。お名前は」
「敬語はいいわ。お姉さん」
なんていやな人なんだろう。
「嘘。富美。富士のように美しいで富美」
「はあ」
ジョークなのか微妙なラインだ。
掴みどころがない。そう、ならば掴めるところから。
「あれ。あの、さっきのあれ。子供にしてる……してたってこと……? なの? わたしがもしも、その、本当に幼かったら――」
「七人」
「は?」
「した子」
カーブしたまつげが瞳を隠すよう覆っている。閉じたまぶたの裏に何を馳せているのか。助手席シートの裏から見えるうなじを見遣りながら、千香は小さな苛つきを胸に感じた。
「でも女の子よ?」
聞いてない。
そして関係なかった。
「犯罪」
「同意があっても?」
「あってもなくても。ねえ。淫行って言葉知ってる?」
十八歳未満だとかそういう次元じゃない。彼女の言うことを真に受け、彼女と出会った際の会話から推測するならば、善悪、常識、または法律に照らし合わせた良いこと悪いこと、それすら自身で判断できるか微妙なラインの年齢を相手取っているということになる。
「捕まるよ」
「それは困るなあ」
言葉とは裏腹、至極どうでもよさそうであった。
「リピーターもいるのに」
聞いてない。そして、聞きたくもない。
富美は鏡越しに見ていた視線を外した。千香の方へと巡らす。下唇をひん曲げている。訝しむ千香に、富美が催促するように言った。
「何してるの。送ってって」
「いや。なんで」
意味が分からない。そう、続けようとした千香だったが、富美とじっと視線を交わし、次の瞬間には、
「近いの?」
と、応じていた。
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