おねえちゃん

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 こっちはさ、怖くない話なんだ。っつうか、ほっこりする話かもな。でもアレだ、怪異っつうの? そういうのが出てくるから、いちおう百物語に入れる資格はあるんじゃねえかなって。題名をつけるとしたら、「おねえちゃん」だろうな。


 いとこが保育士やっててさ、今年で三年目なんだ。最初の年はちょっと疲れてたけど、俺んちが近いからさ。一人暮らしでめんどいときはこっち寄ってもいいから、ってオカンが言ったおかげで、晩飯いっしょに食ったりしてさ、いろいろ話聞けてんの。俺は現場にいないから、そんときの苦労がーって言われてもわかんないことばっかしなんだけどさ。

 で■■■ほい――あごめん、聞かなかったことにしてくれるか? 無理か。あそこが悪いわけじゃないんだよ、すまん。■■■保育園に通ってたAちゃんって子が、なんだか変だってことでさ、オカンが晩飯作ってる最中に俺が話聞いてたのね。


 いとこが気付いたのが、うがいしてるとき、なんだって。


 知恵熱って言うじゃん? あれさ、母乳から受け取ってた免疫が切れるタイミングと、自前の免疫力が完成しきってないタイミングの谷間に出るんだって。いや、知らん。とにかく、小さい子って元気に遊び回っていろいろばい菌つけてくるから、手洗いうがいはさせるよな。いとこも当然、外遊びから帰ってきた園児に手洗いうがいさせるんだよ。

 そんときにさ、あれ、うがいしながら「あいうえお」とか、声出しながらやると喉の奥まで水が届いて、ちゃんとうがいできるらしい。だから、いとこもそういう指示を出したんだよな。そんで、Aちゃんは……なんていうか、「あ、い、う、え、おー」じゃなくて、「ばー」とか「ヴァー」みたいな声でうがいしてたんだってさ。

 のど傷めちゃうよーってさ、まあ普通のアドバイスしたら、「おねえちゃんの声だから」って返事したらしいんだよな。身近な人のまねをする、ってのはまあ、ほかの子もやってるらしくて、別におかしなことじゃないんだ。ただ、Aちゃんの母親はめちゃくちゃ若くて、ギリ二十五歳だったんだと。こんな情報漏らしていいのかな。プライバシーポリシーとかさ、アウトじゃね? いや、言ってんの俺か。すまん、オフレコで頼む。


 聞いてみても、身近に「おねえちゃん」なんていないんだってさ。一人目の子供だし、わりかし田舎のわりにマンション暮らしだから、知り合いもほぼいなくて、おじさんおばさんとじいちゃんばあちゃんくらいしかいないんだと。思い当たる人が一人もいないってときに、まあこういう話のテンプレみたいでアレなんだけどさ、お絵かきにも明らかに変なとこがあったらしい。

 これなんだと思う、ってさ……スマホで写真撮ってきたみたいで見せられたんだ。中心にAちゃんがいて、両脇にパパとママがいる。手がめっちゃ広がってるからさ、ちっちゃいところにまでフォーカス当てて書けるんだなって。将来絵がうまくなるタイプだよ、って笑ってんの、なかなか微笑ましいよな。こういう観察も仕事のやりがいっぽい。

 そこまでは普通なんだけど、なんか……家族の周り、イラストだったら地面とか書くところに、黄色と緑の線をぐりぐりやってるんだ。どう言ったらいいもんかな、あれ……家族全員が卵の中にいるみたいに見えた。Aちゃんの頭のすぐ後ろになんか青いマルが書いてあるんだけど、これが目とか口っぽいんだよ。だからあの……なんだろうな、卵みたいなのが「おねえちゃん」なんだよ。立体的なのか平面的なのか、そこもちょっとわからん。

 性格とか言動とか、そっちは別に問題ないんだよ。だから、たまに話が噛み合わないくらいで、友達もちゃんといる。家族仲もいいし、周りから見て……たぶん、俺たちから見ても普通の子供だと思うよ。


 ああ、言っとかないといけないこともあるんだけどさ。

 あそこのあたり、道が広いし田舎だしでけっこうトバすやつ多くてさ、園児を散歩に連れてくときとかけっこう冷や冷やしてるらしい。観光客はそういうローカルルール知らないし、なんだったら抜け道見つけたから全速力、なんてアホもいるよな。いや、ちゃんと道路の案内に書いてあるんだぜ? よそ者がちゃんと読んで守るかっつったらまた別なんだけどさ。

 いとこがAちゃんたちの組をお散歩に連れて行ってたとき、わりとでかいバンが突っ込んできたんだ。旅行に来たのはいいものの、スケジュールの合間を縫って、しかも長時間の運転だから、居眠り運転だった“っぽい”……んだよな。状況証拠からするとそうだ、と。対向車もいない状態で反対車線に突っ込んできて、必死に大声出してみんな避けようとしたんだけど、アクセルべた踏みでもうすげー速度だったって。雷みたいな轟音が聞こえたもんだから、いとこも「私は死んだんだな」って思った、らしいんだが。

 道と両脇の畑ごと、バンは真っ平にぶっ潰れてたんだ。なんでって、いや、事実だし。そうだなぁ、バンがちょうどこの関節ふたつにまたがるくらいだから……二十メートルくらいか? 手のひらをいっぱいに広げてぶっ叩いたみたいな痕があった。蚊か何かつぶすみたいに、誰かがみんなを守ってバンを潰したんだ。けっこうローカルな話題だったし、通行止めになったってこと以外、新聞には載らなかったと思うぜ。


 運転手? ……ちゃんと調べられる状態だったと思うか? アスファルトごと剥がさないといけないくらい、ぺらっぺらに潰れてたのに。


 ん? ああ、それね。Aちゃんと、友達のBちゃんも……けっこう高いところを見上げて、手を振りながら言ってたらしいんだよな。「おねえちゃん、ありがとー!!」って。

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おねえちゃん 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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