第5話
「ちょ、待てって、エリーナ」
聖女……ヒロインの前ではあんまり話したくなかったから、エリーナに腕を引かれながらも抵抗せずに黙って着いてきていたけど、もうヒロインが見えなくなってきたから、俺は未だに腕を引っ張ってきているエリーナにそう言った。
「……エリィです」
呼び方、まだ諦めてなかったのかよ。……じゃなくて、今はそんなのどうでもいいんだよ。
「謝りに向かったのに、なんで逃げてるんだよ」
「……」
エリーナは何かやましい事でもあるかのように、俺から顔を逸らして、何も言ってくれない。
……見ないように、察しないようにとしてたけど、俺のせい、だよな、これ。
何故か……そう、本当になんでかは分からないけど、俺、エリーナに多分気に入られてるんだよ。
異性として、なんてことでは無いだろうが、気に入られていることは間違いないと思う。……理由は分かんない。会ったばっかりだし、分かるわけがないんだけど。
そして、その情報……エリーナが俺を気に入っているということを踏まえると、やっぱり俺のせいだよな。
明らかにエリーナが怒り出した? のって聖女……ヒロインが……エリーナの姉が俺に警戒というか、敵意を顕にした視線を俺に向けてきていた時だし。
……マジで、なんでこうなったんだ?
俺は主人公たちを影から見守るだけのモブになるはずだったのに、なんでヒロインの妹であるサブヒロインのエリーナに関わって、ヒロンイに敵意を向けられたりしてるんだろうな。
「今からでも遅くないから、戻ったらどうだ?」
そう思いながらも、俺はなるべく優しい声色でエリーナに向かってそう言った。
実際、本当に今からでも全然遅くないと思うし、後になればなるほど謝りにくくもなると思うからな。
「……仮に、私が戻ると言ったら、トウカ様はどうするんですか?」
「さっきも言ったけど、街までって話だったんだ。普通に街を出て、まぁ……一年くらい適当に過ごすよ」
原作が始まるのがちょうど一年後だし、一年後には帰ってくるよ。
……その頃にはヒロインもその妹のエリーナもモブの俺の事なんか忘れて、普通に生活してくれてるだろうしな。
「……私も着いていきます」
ん? このサブヒロインはモブを相手に何を言っているんだ?
「ダメに決まってるだろ」
「なんでですか?」
「なんでって……エリーナの家族がエリーナを心配するだろ」
君がサブヒロインだからだよ。なんて、言えるわけないから、俺はそう言った。
それも間違いでは無いだろうしな。
ヒロインは確実にエリーナを心配するはずだ。
実際、さっきだってエリーナを心配してる様子だったし。
「でしたら、今度はちゃんとお姉ちゃんにも一年間街を出ることを伝えます」
「……許してくれると思うのか?」
「……置き手紙で伝えるので、大丈夫です」
それは大丈夫って言わないんだよ。
「そもそも、俺たちは出会ったばかりだろ。なんでそんな男にそんなに無理してついて行こうとするんだよ。俺が言うのもなんだが、もう少し警戒心ってものを持った方がいいぞ」
サブヒロインに……エリーナに不幸になって欲しい訳では無い俺は、そう言った。
このまま過ごしてたら、エリーナは姉と一緒に幸せになれるんだよ。
だから、着いてこないで欲しい。
……そもそも、モブについて行くサブヒロインなんて見たことないし。
「……信用出来る理由くらいあります」
心外だという雰囲気を醸し出して、エリーナはそう言ってきた。
……多分、世界一信用性が無い言葉だと思うぞ。
だって、俺たちって出会って半日も経ってないんだからな?
「とにかく、絶対について行きます!」
「……俺に迷惑をかけたいのか?」
また、自分の心を痛めながらも、俺はエリーナを突き放すようにそう言った。
「ッ……迷惑は、絶対かけません」
「着いてくること自体が迷惑だ」
「嫌、です。せっかく、見つけたんです。……今、わがままを言って多少嫌われようと、私は絶対にあなたに……トウカ様に着いていきます」
フードの奥から涙を零しながら、エリーナはそう言ってきた。
なんで、そこまでして俺なんかに着いてこようとしてるんだよ。
……本当に、意味が分からない。
「……分かったよ。分かったから、置き手紙、置いてきたらどうだ?」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、本当だよ」
なんでここまで好かれているのかは分からないが、俺はエリーナを連れて行く気は無い。
まだ少し涙声ではあるけど、喜んでいるであろうエリーナに悪いとは思う。ただ、絶対ここにいる方が幸せになるだろうし、これは仕方ないことなんだ。
「でしたら、今直ぐにでも手紙を置きに行きましょう!」
「いや、エリーナだけで行くんだからな? 俺は普通にここで待ってるから」
「本当ですか? 本当に待っててくれますか?」
「……待ってるよ」
「でしたら、行ってきます」
そしてそのまま、エリーナは俺を置いて協会の方に戻って行った。
俺も、行くか。
少しだけいい夢を見れたと思って、今日のことは忘れよう。
俺はモブで、影ながら主人公とヒロインの物語をバレないように見たいだけの男であって、主人公たちが活躍する物語の表舞台に立ちたいわけじゃないからな。
そう思いながら、俺はその場を後にした。
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