第4話
「エリーナ、これ、どこに向かってるんだ?」
普通に行先は分かってるんだけど、俺はそう聞いた。
ちなみに、腕は未だに掴まれている……と言うか、普通に手を繋がされている。
……手汗が出ていないかが不安だ。
「お姉ちゃんのところです。後、エリィです」
「謝るのか?」
「……はい。家を飛び出してしまったことに関しては、私が悪かったと思うので」
飛び出してしまったことに関しては、ね。
……まぁ、価値観は人それぞれか。
俺はヒロインの聖女のことも、エリーナ……サブヒロインのことも否定したくないから、そう思いつつ、何も言わなかった。
ただ、内心で一つの疑問が俺の中には生まれていた。
俺は、今更だけど、エリーナのことを深く知っている訳では無い。
何故なら、俺はエリーナの攻略途中に死んだからだ。もしも深く知っていたのなら、あの時、エリーナと森で出会った時、あそこにいることに驚かなかっただろうし、関わってもいなかっただろう。
だからこそ、この世界でこんな価値観をしているエリーナを主人公はどうやって落としたんだ? という疑問だ。
「そうか、偉いと思うぞ」
内心の疑問を一切表情に出すことなく、エリーナの呼び方についての話は綺麗にスルーして、俺はそう言った。
どの目線で言ってるんだよって話かもだけど、実際、俺がエリーナの立場だったら、こうやって一日も掛からずに心の整理をつけて、謝ろうとなんて出来なかったと思うし、言わずにはいられなかった。
「えへへ、ありがとうございます」
エリーナも呼び方についてはもう諦めてくれているのか、嬉しそうに、お礼を言ってきた。
良かった。勢いで言ってしまったけど、気持ち悪がられてたらどうしようかと思ってたわ。
ただ、喜んでくれるのなら、良かった。……もうそろそろお別れだけどな。
エリーナはもう仕方ないとして、ヒロインや勇者にだけは会いたくないからな。
裏からこっそりと俺は物語を見たいんだ。自分が関わりたい訳では無いんだよ。
「あ、着きましたよ」
そう思っているうちに、辿り着いてしまっていたみたいだ。……教会に。
「なら、俺はもうここまでだな」
「……一人じゃ不安です」
可愛い顔……は見えないけど、知ってるんだから、そんな声でそんな事言うなよ。
俺だって何も意地悪で言ってるわけじゃないんだからな? ヒロインには会いたくないんだよ。……最悪、主人公がいる可能性だってあるし。
「……最初は街までって話だったのに、ここまで付き合ってやったんだ。もう終わりに決まってるだろ」
本当はこんな言い方したくないんだけど、それでも、俺は自分の心を痛めながらエリーナを突き放すようにそう言った。
「……エリィ?」
すると、ちょうど後ろからそんな声が聞こえてきた。
それと同時に俺に何かを言い返そうとしていたエリーナは直ぐに俺の背中に隠れた。
いや、やめてよ。もう行かせてくれよ。……と言うか、よくエリーナだって気がついたな。
顔、見えないだろ。
「お、お姉ちゃん……」
そう、エリーナの姉……ヒロインの聖女だ。
やめてくれ。エリーナが俺の後ろに隠れたら、自動的にこの男は何なんだと視線が向けられてしまうんだよ。
顔を覚えられでもしたらどうするんだ。俺はモブで居たいんだよ。裏からこっそりと主人公達を見守るモブでいいんだよ。
「エリィ、大丈夫だったの? 心配してたのよ?」
「……う、うん。大丈夫、だよ」
エリーナの返事をしたヒロイン……聖女は俺の方に視線を向けてきた。
やめてください。僕は何の関係もないモブなんです。
「あなたは、誰、ですか?」
待って、俺はモブなのに、なんか視線に敵意があるんですけど? 一応言っておくけど、俺じゃないからな? エリーナに街を飛び出すように俺がたぶらかしたわけじゃないからな? エリーナの意思だからな?
「……お姉ちゃん、やめて。私が、勝手に飛び出しただけだから。この人は、関係ない」
「……え?」
エリーナの言葉に、聖女様は思わずそんな声が漏れ出てしまったみたいで、目を丸くしていた。
うん。もっと待ってくれ。……あれ? 聖女の姉妹仲はかなりいいはずだったよな? なんでエリーナは聖女様を睨むようにしてそんなことを言ってるのかな? しかも俺の服の裾を掴んで言ってるから、隙をついて逃げられない……ことも無いけど、ヒロインが目の前に居て、俺の顔を見られている以上、なるべく俺の術は見られたくない。
モブでいたいからな。
「もういい。行きましょう」
「……え?」
今度は俺がそんな声を出してしまった。
あれ? エリーナさん? 君、お姉ちゃんと仲直りするために戻ってきたんだよね? なんでモブの俺の手を引いて、お姉ちゃんから離れて行ってるの? あと俺、これ絶対顔覚えられたよね?
そんなことを内心で思いながら、無駄な抵抗と分かりつつも、俺は空いている方の手で顔を隠した。
俺は主人公達を影から見守るだけのモブでいたいんです。主要キャラが俺の顔なんて覚えないでください。
そう願いながら。
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