第3話 金髪金眼の少年(荒哉の過去)

方相ほうそう氏。

それは追儺ついなという、中国では時節の変り目に行われた宮中年中行事の一つである。黄金四つ目の仮面をかぶり、玄衣朱裳をまとい、右手に桙、左手に楯を持った方相氏の役たちが疫鬼を駆逐するものだった。日本では平安時代(11世紀頃)から宮中以外でも公家・陰陽師・宗教者などを中心に追儺の行事を実施する者が増加していくが、。後世になると節分と追儺と豆まきが結びつくようになり、今の節分の行事の形となった。

つまり、方相氏は、鬼と深い関わりがある……。



 時は平安時代末期。

 方相荒哉は鬼を演じる方相氏と深い関わりのある一族の、遠い親戚だった。

 宮中で年中行事に参加できるような身分ではなく、ただ両親含めた三人と小さな集落の、山奥で過ごしていた。

 ただ、荒哉の父と荒哉は時節の節目になると、下山して麓の小さな集落にある廃寺に行く。

 その時、荒哉の父と荒哉は黄金四つ目の仮面をかぶり、玄衣朱裳をまとい、右手に桙、左手に楯を持って逃げまとう、鬼の役をする。 

 常に恐怖に怯えている集落の人達はこれを機に、荒哉の父や荒哉を追い回し、集落から追い出す。

 その行事は幾度となく繰り返され、いつしか荒哉の父と荒哉は、鬼として崇められ、見えない鬼の烙印を押されていった。


 見えない鬼の烙印が行事の中だけで機能するなら良かった。

 常に恐怖に怯えている集落の人は、自らが抱える恐怖のはけ口を鬼に求めた。

 荒哉の父は、そんな恐怖に怯える人達によって多分消された。実際、荒哉の父の遺体が出てこなかったからだ。

 母親は荒哉の父を探しに山をさまよい、崖から落ちて転落死した。

 両親を一気に失ったことで、集落の人の恐怖のはけ口は荒哉に集中した。特に荒哉は金髪金眼だったため、余計に畏怖の対象となって暴力を振るわれた。

 荒哉はいつも傷だらけだった。追いかけまわされ、石を投げられ、罵声を浴びせられ、この世の憎しみを全てぶつけられているのではないか、と思うほどだった。



 ある日、そんな小さな集落の廃寺に僧侶がやって来た。

 極楽浄土を説くその僧侶の言葉を、集落の皆は崇めていた。

 廃寺の大木で柘榴を食べていた荒哉は偶々その光景を目にし、集落の皆が何に夢中になっているのか、気になってずっと物陰に隠れて聞いていた。

 僧侶はこの苦しい現世から離れた所に極楽浄土があり、その極楽浄土はとても美しい所だと話していた。

 荒哉には僧侶の話がよく分からなかった。だが、極楽浄土の話に聞き浸っている集落の人々と一緒に話を聞いていることは、まるで荒哉自身も集落の人々と同じ景色を見ているように思えた。荒哉も集落の一員として、仲間としてその場に存在している、そう思えた。それだけで、今までに起きていた辛いことも忘れられた。

 そんなある日、いつも通り隠れて僧侶の話を聞いていると、集落の一人に存在が明るみにされ、荒哉は聞いていた全員から暴力を振るわれた。


「鬼め」

「汚らわしい」

「お前なんかが極楽浄土に行けるわけない」


 数多の暴力を受けたことで、荒哉は自分が鬼役で人々からの憎しみを一身に受ける存在だと、再認識した。



 数多の暴力で傷ついた荒哉は山に一人で籠っていた。

 安静にしていたこともあって傷はすぐに治った。だが、傷つきまくった荒哉の心はずっと治らなかった。あれから荒哉はみんなと一緒に僧侶の極楽浄土の話を聞きに行くのを止めた。もう痛い思いをしたくなかったからだ。

 そんな時、山の麓が騒がしくなった。

 荒哉は小屋を出て外の様子を見る。

 麓の集落から大きな煙がもくもくと上がっている。目を凝らして見ると、宙に浮いた13体の仏像があった。その内の一回り大きな1体の仏像が手にしている薬壷のふたを開け、集落の人々に向けて薬壺の中身をばらまいている。

 何が起きているのか、それよりも集落の人々が危ない。

 気づけば荒哉は山から出て集落に来ていた。

 集落では、仏像がばらまく薬壺の中身を浴びた集落の人々は苦しみながらもがいて倒れた。中には死んでいる者もいる。


 何が起きている?


 その時だった。荒哉は後頭部に激痛を覚える。

 その場に倒れ、振り向いた途端、また頭を殴られた。

 頭からの血が目に入って何も見えない。


「この鬼!」

「人殺し!」

「お前なんて、地獄に堕ちろ!」 


 どれだけ多くの罵声を浴びたのだろう。

 どれだけ殴られたのだろう。

 もう分からない。

 気づけば荒哉は地面に仰向けに倒れていた。

 全身には木の杭や鎌が刺さっており、呼吸するたびに血を吐く。


(どうして……)


 荒哉はただ、集落の皆と一緒に居たかっただけなのに。

 荒哉はただ、集落の皆と同じ景色を見たかっただけなのに同じように生きたかっただけなのに

 それだけだったのに。

 一粒の涙が頬を伝った。

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