第2話 悔恨の念

 宗次は全身に冷や汗が浮いていた。そして荒ぶる呼吸を整えようと深呼吸する。


「かあ……さん……」


 この時、宗次は両目から一粒ずつ涙を流していた。

 宗次の母が死んでから、初めて涙だった。

 母が骨になって帰って来た時、宗次はあまりのショックと、仏像すなわち覚醒者への燃える怒りと復讐心で涙を流す余地がなかった。だが、今は違う。



 名古屋で厄災が起きたあの日の朝、宗次は母と些細なことで喧嘩した。

 本当に些細なことだった。今ではなぜ喧嘩に発展したのか、分からないほどだ。

 正論を言っている母に対し、宗次は正しいがゆえに言い返せない悔しさで言ってはいけない言葉を発してしまった。


 うっせー、くそババア


 そんなこと微塵も思っていなかった。

 あの時は頭に血が上っていて、悔しくてつい……それはただの言い訳だった。

 喧嘩で頭に熱がのぼっていた宗次だったが、時間が経つごとに冷静になり、宗次は母にひどいことを言ってしまった、と反省した。

 その時、宗次は中学校で授業を受けていたため、スマホを触わることができなかった。だから昼休みに母に謝罪のメールを送ろうとスマホの電源をつけた時、宗次は名古屋が仏像によって消滅した、というニュースを目にした。

 この時は無事に帰ってくることを祈るしかなかった。また、宗次はいつもの日常が戻ってくる、と信じて疑わなかった。

 そんな保証、どこにもなかったのに。

 せめて、謝りたかった。それだけで良かったのに。


「ごめんなさい……」


 あの時、謝れなくてごめんなさい。

 どうしようもない宗次を一生懸命育ててくれたのに。宗次は感謝せず、挙句の果てに暴言を吐いた。それでも母は、学校に行く宗次の背中にこう言った。


 お土産、買ってくるからね


 誰もが明日を迎えられるという保証はなかったのに、あの時の宗次は能天気で愚かだった。謝れば許してもらえると思っていた節もあった。

 だが、そんな母は消えてしまった。もう、どこにもいない。

 もし、この世のどこかに極楽浄土があるとするならば、宗次にとって極楽浄土は母がいた、かけがえのない日常の世界だけ……。

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