第3話 蘇った行曹
ここまで話した彼は一旦一息をつく。
行曹が人類を極楽に送るために殺生という仏教の禁忌を犯したゆえに日本中の僧に封印されたことは分かった。しかし、話の半分は荒哉から聞いたものもあって正直同行を求められるほどの大事な話とは思えなかった。
だが、話の中で一つ気になっていることがあった。
「行曹が仏像を大量に作った……」
寄木造という技法で行曹は大量の仏像を作ったと言っていた。
そうだとすれば、大量の仏像は一体……。
それに気づいた時、宗次は震えた。
それを見た別の僧侶が言う。
「明治時代、廃仏毀釈で大量の宝物が日本含め外国に流れた。その中には、行曹の仏像もあった」
つまり、日本、世界中で起きた厄災は、過去に日本全国各地や外国に流れた行曹の仏像、覚醒者が起こしたものだったのだ。
「……もしかして、あんたら、全部知っていたのか?」
6人の僧侶は何も答えない。その様子に宗次はまくしたてるように続けた。
「行曹の封印が解かれたことも! 世界中で厄災が起きることも! たくさんの人が死ぬことも!」
宗次の母が死ぬことも。
また別の僧侶が言う。
「東京で仏像、覚醒者による被害が発生したと聞いて私たちはすぐさま行曹の仕業だと政府に進言した。だけど政府はこれがテロだと決めつけて信じなかった」
二回目、名古屋で仏像が現れた時、政府は自衛隊を使って仏像を壊そうと試みた。
しかし、仏像は物理的には壊せない。行曹が吹き込んだ魂を壊さなければ仏像、覚醒者は止められない。政府は無意味なことをしたのだ。その事実を隠すために、政府は今でも仏像に関しては調査中だと言い続けている。
一人の僧侶が丸テーブルの上に巻物を広げる。
「私達は厄災が行曹の仕業だとして、行曹に関する
巻子本によれば、そこには行曹が作った仏像を日本のどこに置いたのか、記されていた。
外国に流れた仏像を除き、今日本に残る行曹の仏像は千手観音立像と
「その内の千手観音は君が倒した。残りは2体だ」
「あんたらが……」
宗次は歯を食いしばる。腹に溜まった重い熱で吐きそうだった。
宗次は6人の僧侶を睨めあげて言う。
「あんたらがもっと早く公表していれば、仏像が世界中にあると言っていれば……」
「……もし、世界中のどこかに厄災を起こす仏像があると知ったら? たちまちパニックだ。それに仏教界からこんな汚点を出してしまったことも明るみになる」
「下衆が!」
殴りかかりたい衝動にかられた宗次は左腕を振り上げる。
やめよ、所詮は人の子よ
宗次の頭の中に響いた荒哉のぴしゃりとした声で宗次は冷静になった。
宗次は感情が滅茶苦茶になって泣き叫びたくなったが、ぐっとこらえる。
言葉が詰まってこれ以上発せられない宗次だったが、荒哉が勝手に宗次の口を借りて言う。
「仏教界の汚点と仏像の存在が明るみになるからという理由で情報を公表しなかったことに矛盾を感じるのう。それだけなら、文をばらまくなりして周知させればよい」
「!」
確かにそうだ。彼らは一度政府に厄災の原因を進言している。公表しなかったのは政府だが、今のこの世の中だ。スマホさえあれば公表できる。
(公表しなかった理由とは何だ?)
「宗次、覚えているか? 儂の封印を解いた時」
「覚えている。地面にキスした」
「御前の唾液が儂に注がれ、儂は御前と一緒になることができた。もし、行曹も同じ方法を使っていたら、どうなると思う?」
宗次は人生で一番の身震いを覚えた。同時に、なぜこの僧侶たちが情報をずっと隠していたのか、見当がついた。
「それって、行曹が人間の体を借りているってことか?」
「正確に言えば乗っ取っているのじゃろう。だから現世に復活することができた。だろう? 人の子よ」
もし、厄災の源となっている行曹が人間の体を乗っ取って今も生きているとすれば、その情報が公表されれば、人々は疑心暗鬼となって殺し合いが始まる。ただでさえ厄災で傷ついた心に更に不安を注げば、人は平気で残虐なことをする。
「本当はそのことをお前らの口から聞きたかったがのう……図星か?」
6人の僧侶は誰一人否定しなかった。
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