第5話 終わりの始まり

 その直後、荒哉は宗次の左腕に吸い込まれていく。荒哉の姿が見えなくなった時、宗次の左腕は灼熱を帯びた。

 力がみなぎる。さっきまでの脱力が嘘みたいに。

 宗次は地面に膝をつき、考えるより先に左手を地面につけた。

 すると、地面から青い炎が出現する。

 宗次を襲おうと伸びていた千本の腕はあっという間に炎に焼かれて塵と化す。そして中心に位置していた魂もたちまち青い炎に包まれ燃えた。


―――――――――――――――!


 何か叫んでいるみたいだが、魂がバチバチと燃える音で全く聞こえない。そしてその音さえ聞こえなくなった時、宗次の視界は暗闇に包まれた。




 次に宗次が目を開けた時、底には青空が広がっていた。宗次が倒れている地面にはあらかじめ敷かれていたのか、救助マットがある。


「大丈夫か?」


 ずっと読経していたあの僧侶が上から宗次を覗き込んでいる。宗次はガバッと上半身を起こした。


(あの千手観音!)


 魂を青い炎で焼いた覚えはあるが、それからの記憶はない。あの千手観音が、覚醒者がどうなったのか、宗次は知らない。

 宗次はあたりを見渡す。そこには雲一つない青空が広がり、建物もそのまま存在している。


(現実の世界に戻って来た……)


 ふと、宗次は足元を見る。そこには小さくバラバラになった木片があった。

 その木片に刻まれたわずかな彫刻の線で宗次は瞬時に理解する。


 もうあの仏像、覚醒者が現れて厄災をもたらすことはない。


(お母さん……)


 やっと母の仇をとることができた。そして一つ、厄災を防いだ。

 宗次は左腕を青空に伸ばす。

 荒哉が宗次の肉体の全てを奪いたいと知った時、宗次はとっさに無事だった左腕を荒哉に差し出した。あの時はこれが最適解だった。

 この世から仏像、覚醒者が全て消すまでは、肉体を奪われるわけにはいかない死ぬわけにはいかない

 宗次が左腕を降ろした時、その場にいた僧侶が言った。


「君に話しておきたいことがある」


 一緒に来てもらおうか。



   *


 たくさんの蓮が咲き誇る池に全身を漬かる男がいる。

 彼はずっと目を閉じていたが、ほころぶ音で開眼した。

 まだその音は軽い。だが、それは一時だ。次第に波紋のように広がる。

 その前に防がなければならない。



 男――行曹ぎょうそうは立ち上がった。


 




 

 

 

 

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