第3話 正しさとは

 ずっと走り続け、やっと魂の正面にまでたどり着いた。

 

(これが……千手観音の……)


 宗次は手を伸ばしたその時、背後にただならぬ気配を感じた。

 首だけで振り返ると宗次の視界一面をたくさんの腕が埋め尽くしていた。

 宗次は全身を数本の腕につかまれ、魂からあっという間に引きはがされた。

 宗次が魂にもう一度近づこうとすると、たくさんの腕が宗次に絡みついた。

 かなり強い力で絡みつくその腕を宗次は引きはがせられなかった。

 宗次の顔の前で六本の手が止まる。

 それぞれの手は掌に位置する目玉で宗次をまじまじと見つめていた。

 声が脳に響く。


 ――――何故邪魔をする?


 これが魂の声だと気づくのに少し時間がかかった。


 ――――我はこの手で全てを救済し極楽浄土に送る、それを何故邪魔する?

「邪魔だと……?」

 ――――見よ


 六本の内の一本の手が指す。指したその方向を見ると、ぼんやり光っていたはずの魂が輝き始めていた。


 ――――理解できないか? 極楽浄土を求める望みがたくさんあることに。そしてその望みのまま救済し極楽浄土に送る。それがこんなにも支持されている。だから正しいのだ


 その言葉を聞いた時、宗次の中でずっと張りつめていた糸が切れた。

 こんなものに宗次の大切な母が奪われたのか。そう思うと、ふつふつと沸き上がる激情に宗次の体内はぐちゃぐちゃになった。

 宗次の頭の中に生前の母の姿が浮かぶ。

 宗次は睨め上げて叫んだ。


「極楽に送る? そのための!」


 どうしようもない宗次を見捨てずにここまで育ててくれた母は、もういない。

 その現実を改めて痛感した時、宗次の中であふれんばかりの力がみなぎった。

 たくさんの腕が宗次をねじ伏せようと押さえ込む。その時、一本の腕が宗次の手首を変な方向へ曲げた。宗次は折れる音とともに絶叫した。

 宗次は全身の力を振るってたくさんの腕を振り払い、その場から脱した。

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