第5話 同化


 地面に口をつけてから少したった頃、宗次の全身に熱が走った。そして宗次は自分の意思とは関係なく地面から口を離し、立ち上がっていた。


「久しぶりの地上だ。やっと解放されたのう」


 軽い口調とどこか古風な言い回し、宗次の普段の言葉遣いとはかなり違う。普段の宗次の口調はぼそぼそと暗く、重たい。


御様おまえ、名はなんという?」

「……宗次」

「宗次か。儂は鬼神おにがみ、かつては荒哉こうやと呼ばれていた。御前のためらいない覚悟、儂は気に入ったぞ」

「頼むから、僕の声で僕らしくない口調で話すのはやめてくれ」

「心配するな。すぐに慣れるさ。さて、久々の京だ。案内してくれ」




 京都市の某区。

 宗次の体にいる2つ目の人格――人なのか?――はとにかく勝手なことをする奴だった。

 新しい光景に目移りして、宗次の意思とは関係なく勝手に走り回った。


「いいのう、いいのう」

「こら! そこのパンに触るな!」


 荒哉は勝手に入ったパン屋で陳列されているパンを手に取ろうとしたので、宗次は左手でその手を激しく叩いたが、痛かったのは宗次だけで荒哉には何も響かなかった。

 荒哉はパンをむしゃむしゃと食べている。


(ごめんなさいごめんなさい、あとで弁償しますから!)


「それにしても京は随分さびれたのう。誰もいないじゃないか」

「え?」


 言われるまで意識していなかった。

 宗次はあたりを見渡す。

 荒哉の言う通りだ。誰もいない。

 日本中の全ての人口が集中したと言ってもいいほどの京都ではどこもいつも人であふれている。だが、この空間に来てから人一人見かけない。


「一体、どうなって……?」


 その時、肩を叩かれた。

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